Written by とらこ


最終話


 直江が医務室に入って来たとき、ベットは既にもぬけの殻だった。デスクに座ってカルテの整理をしていた中川に、高耶がどこへ行ったのかを問う。
「中川。たか……仰木君はどこへ?」
「ああ、仰木さんなら気がつかれてついさっき兵頭さんと出て行かれましたよ」
 一歩遅かった。確か、予定では今日中に高知に帰ることになっていたはずだ。みすみす行かせてしまったことに唇を噛みしめていると、中川が続けて言った。
「仰木さんに何か用がおありだったんですか?」
「……ああ。少し」
「じゃあ、ホテルの方へ行ってみたらいかがですか?」
 意外な言葉に目を見開く。
「ホテル?」
「ええ。飛行機のチケットが明日の分になっていて、今日は東京に泊まると言っていましたよ。兵頭さんはこれからスポンサーへの挨拶まわりに行かれるそうで」
「仰木君もか?」
「いえ。倒れられたばかりですからね。今日一日はホテルでゆっくり休んでいるように言っておきましたから……」
 偶然のこととはいえ、神に感謝したい気持ちになる。
 兵頭の邪魔が入らないところで、ゆっくりと話し合いたい。
 そのチャンスを逃すつもりはなく、直江はすぐにきびすを返して医務室を出た。地下の駐車場に行く前に、一階の受け付けに寄って外出する旨を伝える。
「私はこれから外出する。今日はもう戻らないと思うから、浅岡君にそう伝えておいてくれ」
「わかりました」
 受付の女性社員は頷いてすぐに内線電話を手に取った。
「ああ、そうだ。その前に総務課に電話して、高知の兵頭君と仰木君が宿泊しているホテルを聞いてくれないか。打ち合わせをしたかったんだが、その前に帰ってしまったようだから」
「わかりました。少しお待ち下さい」
 ものの一分もしないうちに二人が宿泊しているホテルを聞きだした直江は急ぎ足でエレベーターに乗り込み、地下の駐車場へと向かった。
 受付嬢から聞いたホテル名はここからさほど遠くないビジネスホテルだった。
 そこに、高耶がいる。
(……高耶さん。やっぱり貴方に傍に居て欲しい……)
 逸る想いを胸に、直江はアクセルを踏み込んだ……。


*  *


 ホテルの前で兵頭と別れて、部屋に入るなり高耶はベットに寝転がってうつらうつらとしていた。だいぶ楽になったといっても、やはりまだ本調子には程遠い。躰が求めるままに深い眠りに入ろうとしていた矢先……。控えめなノックの音に起こされる。
「……誰?」
 時計を見れば、兵頭と別れてから二十分も経っていない。ということは彼ではあり得ない。
 突然の誰かの来訪に訝しみながらもドアの方へ向かう。
「誰?」
「……高耶さん。私です」
「……っっ!」
(……直江!)
 忘れようとしても忘れられない、あの耳に心地いい声が聞こえてきて、高耶はびくりと躰を震わせた。
 どうして直江がここにいるのか。
「話したいことがあるんです。ここを開けてもらえませんか?」
 高耶はしばらく黙っていた。
 これ以上、一体何を話すことがあるというのだろう?
(……ああ、きちんとさよならを言ってなかったからかな……?)
 曖昧な決着ではなくて、決定的な別れを言うために来たのかも知れない。
 直接話をするのは怖い気がしたけれど、このままでいることは自分にとってもいいことではない。そう思った高耶は内鍵を外して躊躇いがちにドアを開いた。
 直江の顔を見るのが怖くて、深く俯いたままくるりと背を向ける。直江はその後に続くように部屋に入ると、万が一にも邪魔が入らないように後ろ手に内鍵を閉め直した。
「……話って、何?」
「そんなこと、決まっているでしょう。私たちのことです」
「……そういえば、ちゃんとさよなら言ってなかったもんな」
 こちらを見ようともせずに決めつけたような物言いをする高耶の肩を掴んで、強引に振り向かせる。
「そんなことを言いにきたんじゃない!」
 強情な高耶は尚も俯いたままで直江の顔を直視しようとしない。焦れた直江は手をかけて顎を掴み、顔を上向かせた。
「……っ! やめろ……っ!」
 拒絶する高耶の表情は苦痛に歪んでいる。今にも泣き出しそうな様子が痛々しくて、直江は躰を引き寄せて抱きすくめた。
「……離せっ!」
「……貴方の唇は嘘ばかりついている。でも、もうそんな嘘は必要ないんです。……全部、聞きました」
「……っ!」
 高耶の躰がびくりと震えて、抵抗する力がすっと抜け落ちる。
「……じゃあ、どうしてここへ来たんだ? オレと一緒にいることはお前にとってマイナスにしかならない! だから……っ」
 だから、別れることを決断したのに。
「お前はもうあの女を選んだ! それが最良の選択なんだ!」
「違う! それは私にとっては最良なんかじゃない! 貴方が傍にいてくれることが、私にとっては……!」
 直江の言葉を皆まで聞かず、否定するように左右に首を振る。
「それじゃ駄目なんだ! オレが傍にいたら、お前はいつかすべてをなくしてしまうから……!」
「それでも構わない! 他の何をなくしても、貴方が傍にいてくれるなら私は……!」
 それは押し隠していた心の奥底で、高耶が望んでいた言葉だった。
 直江のことを想えばこそ、受け入れることができずに首を横に振り続けていたが、直江の与えるぬくもりが頑なな高耶の心を次第に溶かしてゆく。いつしか虚勢は崩れ、溢れる想いのままに涙を零した高耶はがくりと崩れ落ちて床に膝をついた。
「……高耶さん」
 自分もかがみ込んで腕を伸ばし、高耶をきつく抱き締める。
「……直江っ。直江……っ!」
 まるで幼い子供のように泣きじゃくりながら、必死にしがみついてくる高耶がとても愛おしい。ようやく身も心も取り戻した恋人に、直江はそっと頬を寄せた。
「……高耶さん。あの時、どうして私に言わなかったの? そうしたら、こんな回り道をすることもなかったのに……」
「……だって、あの時は驚いて……。専務の話もなんだか引き離すための口実に聞こえてきて……。もう、別れるしか直江を守る方法はないと思って……!」
 思えばタイミングが悪かった。それでなくても、高耶はひとりで悪い方へ悪い方へと物事を考えてしまうところがあるから、それしかないと思い極めてしまったのだ。
「……あんな言葉。嘘なんでしょう? ……本当のことを言って……? 本当に、私がいなくても平気だったの?」
「……そんなわけない。……平気なわけないだろ! もう、苦しくて、眠れなくて、死んだ方がましだった!」
 ようやく吐き出された高耶の本心からの叫びに満足して、直江はそっと触れるだけのキスをした。二ヶ月ぶりの直江のキスはとても優しくて、高耶はまた新たな涙を溢れさせた。
「……直江。ごめん……っ。オレも、ずっと直江の傍にいたい……!」
「……もう、あんな悲しい嘘は言わないで? 貴方のことは、私がずっと守るから。何に変えても、絶対に守るから……」
「……うん。もう、離れたくない……!」
 二人の唇が、再び重なり合う。それがより深くなるのに、さして時間はかからなかった……。



 もう、言葉はいらない……。

 

 二人だけの、Silent Holy Night……。



END



 33333HIT文助さんのリク作品をお届け致します。しかもシーズンに合わせてクリスマス仕様! しかも特別企画として全話一気にUPしちゃいました!(自爆)
 いや〜〜復縁する話って、盛大な惚気ですね〜〜。書いててなんか恥ずかしくなってきたりして。
 しかも色々細かいところを置き去りにしてます。仲直りしたのはいいけど、兵頭との決着とか、高耶さんのその後とか……(なんか直江が無理矢理色部さんを言いくるめて連れ戻してそう……。ああ〜それでまた色部さんの胃が痛くなるのね〜〜)
 そのうち、落ち着いたら番外編にまとめようかと思っていますので。
 え〜とそして、これでこの「Trivial Accident」シリーズは一応の完結となります。最後まで読んでいただきまして、本当にありがとうございました!



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