Written by とらこ
5月の連休をを数日後に控えたある日の夜。
今度の連休を高耶と二人でゆっくり過ごすために完璧に予定をたて、ホテル、レストラン、その他諸々も予約済みで、今はそのために山積みの仕事を片づけている最中の直江の携帯がふいに着信を告げた。
書類の束を片手にデスクの引き出しを開けて携帯の液晶画面に視線を落とす。
(……誰だ? この忙しい時に……)
苛立たしげに見ると、画面には高耶の名と番号が表示されている。不機嫌など一瞬にして吹き飛んだことはいうまでもない。
「高耶さん、どうしたんですか?」
『……直江』
直江の上機嫌とは裏腹に返ってきた高耶の声には精彩がない。困ったような響きの声を訝しんで尋ねようとしたとき、甲高い女の声が割って入ってきた。
『直江! あたしよ。あ・た・し! 誰だかわかるぅ〜?』
聞かれなくても知っている。
「……晴家」
どうやら門脇綾子こと柿崎晴家は多少酔っているらしく上がったテンションの分、声もヴォリュームアップしている。携帯から少し耳を話してげんなりしながら名を呼ぶとまた甲高い笑い声が聞こえた。
「……晴家。なにか用なのか? 遊んでるなら切るぞ」
『ひっど〜い。景虎には馬鹿みたいに甘いくせに〜。あんまり邪険にしないでよぉ〜』
「……忙しいんだ。切るぞ」
『知ってるわよぉ。連休に景虎といちゃいちゃするためでしょ。やらし〜んだから、もう直江ってば。あんたのことだからもう予約はばっちりよね。特に3日はね。−−−−だけど、3日の予定はキャンセルよ』
語尾は真面目な声になって宣言した晴家の言葉に直江が眉を顰めて、通話を切ろうとしていた手を止めた。
冗談じゃない。その日のためにこうして山のような仕事を賢明に始末しているというのに。酔っぱらいの言葉に従わなければならない理由などどこにもない。
明らかな苛立ちが目に見えない棘となって言葉の端々に撒き散らされる。
「……どういうことだ?」
『馬鹿ねぇ。わかんないの? 長い長いつきあいのあんたの誕生日をあたしたちも一緒に祝ってあげようっていってんのよ』
電話の向こう側から「そーいうこった」と晴家に同意する千秋の声がした。
だいたいの状況が読めてきた。今日、高耶は不運にも二人の飲み会に引きずり込まれてしまったようだ。そこで千秋と晴家の間で話が一方的に盛り上がり、高耶に電話をかけさせたのだろう。
何が一緒に祝ってあげる、だ。余計なお世話だ。
直江は内心で毒づいた。
お前達が邪魔しないでいてくれるのが何よりのプレゼントだと言ってやりたかったが、その時向こうの相手が晴家から高耶に代わったので、直江は慌てて言葉を飲み込んだ。
『直江? ごめん。忙しいんだろ?』
高耶は何も悪くないのに、すまなそうな声で謝る。
「いいえ。大丈夫です。……それより、二人とも本気なんですか? 3日の件」
『……みたいだけど。駄目なのか?』
「え……? 駄目って……高耶さん?」
思わず耳を疑って聞き返すと、言いにくそうにして歯切れの悪い言葉が返ってきた。
『……だってさ。二人きりもいいけど、それじゃいつもと変わんないだろ。せっかくねーさんと千秋が祝ってくれるって言ってるし……』
誕生日という特別な日だからこそ、二人きりで高耶だけに祝ってほしい。
しかし、直江の切実な願いも空しく、純朴な高耶は二人に丸め込まれているらしかった。
「でも、もう予約も済んでますし……」
必死の思いで食い下がるが、高耶は更に言葉を続けた。
『わかってるよ。……でもさぁ、たまに4人でどっか行くのもいいだろ?』
どうやら、二人が勝手に企画した行き先に、高耶も行きたいらしい。はっきりと口にはしないが、珍しく食い下がるところからありありと感じ取ることができる。
一応、自分が主賓ではあるが、高耶の希望を潰してまで我を通すのは気が引けた。
(……しかたない。今回は諦めるか)
内心で晴家と千秋を罵倒しながら、小さく溜め息をつく。
「……わかりました。3日の予定は変更しましょう。−−−−高耶さん、すみませんが、長秀に代わってもらえますか?」
『うん。……ほんとにごめん。直江』
「いいんですよ。高耶さんが謝ることはありません」
『そーそー。別に悪りいことしたワケじゃねぇんだからよ。もう30なんかとっくに過ぎた、しかも野郎の誕生日なんぞをわざわざ祝ってやろーってんだ。感謝しろよ、直江』
祝うというよりけなしている千秋の言葉に多少むっとしながら、
「長秀……。今回は高耶さんに免じて譲るが、夜は空けてもらうからな」
当然のことだ。
腹立ちまぎれに低い声で威圧するように言ったが、電話の向こうでカラカラと笑いながら受け流されてしまった。
『わぁーかってるって。夜までは邪魔しねーから遠慮なく可愛がってやれよ』
壊さねー程度にな。
意味ありげな含み笑いのまじった千秋の言葉に、向こうで高耶が怒鳴る声が聞こえた。
『何言ってんだ! ばかちあき!』
真っ赤になって恥ずかしがっている姿が目に見えるようだ。
「……それで、お前達。一体どこに行こうというんだ? 今からじゃどこもかしこもいっぱいで大変だぞ」
『そりゃもう! 旦那のコネをあてにしてるに決まってんだろ』
「……長秀。主賓は誰なんだ?」
『まあまあ。固いこといわずに頼むよ、旦那』
「……それで、どこに行くんだ?」
それ以上何か言う気も失せて、脱力感に苛まれながら尋ねると、待ってましたとばかりに意気揚々と千秋が答えた。
『大阪だよ』
「……大阪?」
嫌な予感がした。
大阪に最近新しくできたばかりで、綾子や千秋が行きたがりそうな場所。
……その名は、
『ユニバーサル・スタジオ・ジャパンよ!』
綾子の声が直江の耳を突き抜けた。
5月3日当日。
前日、直江の運転する車で既に大阪入りしていた4人は朝の9時にホテルを出た。
G・Wの真っ最中にホテルがとれたのは、無論直江のおかげである。千秋や綾子はともかく、高耶のために直江は持てるコネクションを総動員して大阪のホテルやレストランを予約したのだ。急な上に連休であることも災いして思うとおりにはいかなかったものの、高耶のために!そこそこのところは押さえるそつのない直江であった。
3月の31日にオープンしたばかりのユニバーサル・スタジオ・ジャパンは此花区にある。その入り口の前は当然というべきか、連休を利用して遊びに来た人々で埋め尽くされていた。予想していたよりもひどい人混みに、直江があからさまに眉を顰める。
「……すごい人ですね。高耶さんはぐれないようにしてください」
まるで子供に言い聞かせる親のような口調の直江に、
「わかってるよ。子供じゃねぇんだから、んな言い方すんなよな」
拗ねたような面持ちで直江を見上げる。
その時、すぐそばでパシャリ、とカメラのシャッターを切る音がした。驚いて見ると、綾子が二人に向かってデジタルカメラを構えているではないか。
不意打ちで拗ねた表情を撮られてしまった高耶は眉をあげて綾子に詰め寄った。
「変なとこ撮るなよ!」
「だぁ〜ってぇ。あんまり可愛いもんだから……つい」
悪びれない綾子に怒る気も失せる。
「……男が可愛いなんて言われて嬉しいわけねぇだろ」
「そういうものかしらね。−−−−あ! 開いたわよ! いよいよ!」
嬉しそうな綾子につられて入り口を見ると、職員が必死の形相で客を整列させながら、入り口の門を開こうとしていた。
同じような所でも、以前美弥にねだられて連れて行ったディズニーランドは子供っぽくてどこか気恥ずかしかったが、ここは映画関連のアトラクションが大半で高耶は珍しく自分から行きたいと思っていたのだ。
黒い瞳が好奇心に輝き、直江はそれを微笑ましい思いで見つめていた。
自分の計画は頓挫してしまったものの、こんなに嬉しそうな輝いている高耶の顔を見られたのだから、それだけでも本当に良かった。
その内に、完全に開放された門からぞくぞくと人が中に入ってゆく。
陶然として高耶を見つめていた直江は危うく人波に押し流されそうになってしまった。
「危ない!」
背中を押されてよろけた直江の手を、とっさに高耶が掴む。
「っぶねーな、もう。お前もぼーっとしてないで気をつけろよな。……ったく。人には子供みたいに注意したくせに」
「……すみません」
憮然とした声だったが、高耶の表情は笑っている。
「早く行こうぜ。ほら、ねーさんたちはもうあっちにいる」
高耶が指さした方向で、既に中に入った綾子と千秋が手招きしていた。高耶は直江の手を掴んだまま歩き出した。
「高耶さん?」
人前でこういうことをすると、いつもは嫌がる高耶なのに。直江は不思議に思って声をかけた。
「いいんだよ」
「……でも」
「いいんだったら!」
顔を真っ赤に染めた高耶が声高に直江の言葉を遮る。
「……今日は特別な日だから」
消え入りそうなほど小さな声が耳に届くと、直江はふわりと微笑んで自分もしっかりと高耶の手を握り返した。
中に入って俄然はりきりだした綾子は自分が乗ってみたいアトラクションから順に他の3人を連れまわした。
最初はジュラシック・パーク。ボートに乗って恐竜のいるロストワールドをまわりながら、トラブルで立入禁止区域に侵入するという趣向だった。最初こそ穏やかだったものの、立入禁止の建物の中に入ると肉食恐竜が次々に現れて皆を驚かせた。所詮は作り物と侮ってひとり涼しい顔をしていた直江だったが、すぐ横の茂みからいきなり恐竜が顔を出した時だけは驚いて思わず腰を浮かせてしまった。最後はラボの緊急脱出口から出るのだが、そこはウォーターコースターになっていて、一番前の席にいた4人は当然のごとく頭からずぶ濡れになった。天気が良かったから寒さは感じないものの、衣服が濡れているので不快感は拭えない。
「あ〜あ、いきなりひどい格好になったな」
頭を振って水を払いながら、高耶が言った。
「まったくです」
この先が思いやられる直江は同意したが、綾子はまったく意にも介さずにパンフレットを必死に覗き込んでいる。
「よ〜し! 次はウォーターワールドよ!」
この映画を見たことのある高耶は目を輝かせた。
「行く!」
「おい、これ以上濡れんのはやだぞ」
さすがに千秋が反抗したが、綾子が聞き入れるはずもない。
「だいじょ〜ぶ! この後でバックドラフトに行けば乾くわよ」
この返答に直江と千秋は言葉もない。
「……んな馬鹿な」
二人の意志などおかまいなしに、綾子と高耶は先に歩き出す。それを放っておくこともできるはずもなく、残された二人は早くも疲れた面持ちで後を追った……。
その後、予告通りにバックドラフトへ行き、バックトゥザフューチャー、ターミネーターなど思いつく限りのアトラクションに乗り尽くした4人がユニバーサル・スタジオ・ジャパンを後にした頃には、午後の7時を過ぎていた。それからホテルの近くの居酒屋に入って夕食という名の飲み会になった。
座敷に座ってようやく一息ついた直江は、疲れたように深く溜め息をつくと、それを見た高耶が心配そうに顔を覗き込む。
「疲れたのか? 直江」
「……いえ。それほどでもありませんが。高耶さんこそ、疲れてませんか? 今日はだいぶ歩き回りましたからね」
労う優しい視線を受けて、高耶は首を横に振る。
「オレは大丈夫」
「若いもんね〜。30過ぎのオジサンと一緒にしないで欲しいわよね、景虎」
最初に運ばれてきたビールに早々と口をつけながら綾子が言う。
それが今日の主賓に向かって言う言葉かと、直江は一瞬むっとしたが何も言わなかった。目の前に置かれた揚げ出し豆腐を箸でつまんでもくもくと食べていると、千秋が綾子を窘める。
「まあまあ。一応今日の主役は旦那なんだから。あんまり苛めんなって」
「あら、そうだったわね。すっかり忘れてたわ。ごめんごめん」
綾子はごまかすように笑い、横に置いていたバックから今日一日持ち歩いていたデジタルカメラを取りだした。
「はい」
いきなり直江の前に突き出したが、当の直江は何がなんだかわからずに目をしばたかせた。
「……?」
千秋の方を見ると、意味深な表情でにやにや笑っている。
「これがあたしたちからのプレゼントよ」
強引に直江にデジタルカメラを握らせる。
「……ねーさん。いくらなんでもさっきまで使ってた中古のデジカメをプレゼントだなんて、ひどいんじゃねぇの?」
「馬鹿ね、景虎。誰がデジカメそのものをあげるなんて言ったのよ。こんな高いもの、中古品だってほいほいあげるわけないでしょ。あたしたちのプレゼントはこの中身よ。な・か・み!」
「……よーするにだ。今日一日撮りまくった景虎のベストショットをプレゼントしようってことよ」
その言葉に今度は高耶が驚いて目を剥いた。
(冗談じゃない!!)
「っかやろ! 直江! それこっち寄こせ!」
没収してデータを全部消してやろうと、直江の手からデジタルカメラをもぎ取ろうとしたが、直江の動きの方が一歩早かった。すい、と手を引っ込めて小さなデジタルカメラをポケットにしまいこむと、高耶の手が空をかいた。
「直江!」
「嫌です。いくら高耶さんでもこれだけは渡せません。第一、これは私が貰ったプレゼントなんですから」
さっきまでとは打って変わった満面の笑みをたたえた顔が憎らしい。
「晴家、長秀。貴重な物をありがとう」
珍しく殊勝な面持ちで礼を言う直江に、綾子は威張って胸を張る。
「ふふん。−−−−あ! 本体は後で返してよ」
「わかっている」
「……お前らぁ」
高耶が獰猛に唸ったが、3人はまったく意に介さない。怒りに肩を震わせる高耶だけをのぞいて、酒宴は次第に盛り上がってゆく……。
「お前ら! 覚えてろよ!」
夜の大阪の街に、高耶の怒声が響き渡った。
to be continued
少し早いですが、「直江お誕生日おめでとう」小説です。(早過ぎ! 今は千秋の誕生日がメインなのに……。千秋! ゴメン!!)
これは300HITのモモ缶サマのリク作品になります。果たして御希望に添えているのでしょうか?(どきどき)
直江の誕生日はG・W……。ユニバーサル・スタジオ・ジャパンに行きたいなぁ、というとらこの願望が炸裂してしまいました。その勢いで、夜バージョンも同時UPしました。
そちらは裏のNOVELSで御覧になれます。
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