奇跡の時間


Written by とらこ



 ……あの人は、今どこにいるのだろう?
 いつになったら、逢えるのだろう?
 考えたくもない最悪の結末なら、汲めども尽きぬ泉のように溢れてくるのに、あの人の生存を確かに信じさせてくれる証拠は、何一つない。
 今更のこのことあの人の前に顔を出せる立場にいないことなど、百も承知の上だ。
 自分が、この手でこれ以上ないくらい傷つけたくせに。
 それでも、逢いたい。
 あの人が生きて、自分の前に姿を見せてくれることを、切望してやまない……。
 

 たとえ、あの人の瞳に宿る光が、自分への憎悪に染まっていたとしても。


*  *


 その日、直江は都内の某公園に来ていた。この辺りで最近になって、戦国時代の武者のような格好をした骸骨の霊の目撃例が相次いでいる。近年の怨将の活発化に伴い、騒ぎ出した地縛霊のたぐいかと思われたが、念のために調査にきたのだ。公園など、人が多く集まる場所には様々な残留思念や冷気が混在しており、晴家ほどの能力でもない限り霊査は難航するかと思われた。しかし、直江が園内に一歩足を踏み入れたとたん、冷え冷えとした殺気が周囲を漂い始めた。
「……怨将、というよりは雑兵、というのが正解のようだな」
 つられて眠りから覚めてしまったどこぞの雑兵の霊らしい。このまま放っておくわけにもいかず、直江は調伏するべく己の<力>を解放した。とたんに殺気が一気に膨れあがって、白い霧のようになって凝り始めた。目の前でしゅるしゅると渦を巻き、ボロボロの鎧を纏った骸骨武者を形作る。
−−何者ダァ!
「……知る必要などない」
 侮蔑も露わな言葉に骸骨武者がずしゃり、と一歩足を進める。
−−ナンダトォ!?
「お前は、ここで消えるのだから」
−−ホザケ! ソノ身体、ズタズタニシテクレルワ!
 直江の挑発に乗って武者が動く。冷気がぶわりと膨れあがって噴水の水を跳ね上げ、それは空気中でたちまち凍りついて鋭い刃となる。ひゅん、と空気を切り裂く音がして、氷の刃が直江めがけて襲いかかった。
−−死ネェ!
「……っ!」
 紙一重のところでそれをかわして、地面に転がった直江が体勢を整える前に、日本刀を振りかざした骸骨武者が肉薄する。とっさに手を突き出して護身波を張り巡らせたが、武者の刀とぶつかりあって耳障りな金属音をたてた。
 瞬間、目の前で光が炸裂し、全身を叩きつけるような衝撃が直江を襲った。
「……くぅっ!」
 こらえきれす身体が吹き飛ばされ、背中をしたたかに打ちつけて、そこで直江の意識は途切れた。


*  *


 身体がひどく痛む。腕をあげようとしたが、全身に軋むような痛みが走って、そのおかげで直江の意識は覚醒した。
 見たことのない白い天井。固いベット。鼻につく薬の匂いが、ここがどこなのかを教えてくれる。
(……病院、か)
 よく生きていたと我ながら感心してしまう。あの状況では意識を失った瞬間に殺されていてもおかしくはなかった。
(……それとも、あの衝撃で相手も吹き飛んだのか)
 肉体を持つ直江はともかく、霊体では耐えきれなかったのかもしれない。なんのはずみで起こった現象かはわからないが、とにかく助かったのは幸運だった。
(……あの人を見つけるまでは、死ねるものか)
 そう思って我知らず拳を握りしめたときだった。病室のドアがかちゃりと音をたてて開いたのは。
「……ああ、気がつきましたね」
 白衣を纏った初老の医者と看護婦が入ってくる。
「……ここは?」
「行田総合病院です。あなたは公園で夜中に倒れていたところを発見されて救急車で運ばれてきたんですよ」
「……そうですか」
 頷いてそっと身体を起こす。さきほどのようにはひどい痛みはもうなかったが、それでもぎこちない動作になってしまう。
「ああ、無理はしないで。頭とか、痛いところはありませんか?」
「特には」
 行田総合病院といえば、兄の不動産会社で所有しているマンションが近い。直江がいた公園からは駅で一つ分くらい離れている。車は公園の近くのパーキングに停めっぱなしになっているが、後で取りに行けばいい話だ。身体に特に異常がなければ、帰ってマンションで一休みしたかった。
「ふむ。顔色もいいようですし、もうこのまま帰っても大丈夫ですよ」
「すみません。お手数をおかけしました」
「いえいえ。これからは気をつけてくださいよ」
 人の良さそうな笑顔で医者はそう言い置いて病室を出ていった。直江は早々とベットから降りると着衣の乱れを直してスーツの上着を着込んで病院を出た。
 が、何か理由のわからない違和感を感じて途中で立ち止まった。
「……暑い、せいか?」
 まだ六月だというのに、じりじりと照りつけるように暑い。何気なく太陽を見上げながら、一瞬視界をよぎった景色にまた更に違和感を覚えて直江は戸惑った。
 車でも徒歩でも、幾度も通ったことのある道なのに、何故こんな気持ちになるのだろう?
 その正体を確かめたくて、直江は慎重に周囲を見回した。
「……?」
 が、特に目に付く変わったところはなく、直江は首を傾げた。そして、道路の方をなにげなく眺めていると、向かい側のコンビニから出てきた青年に目が吸い寄せられた。
 すらりとしたしなやかな躰。長い手足の隅々まで若い躍動力に溢れている。さらりとした黒髪を短く切った首筋から、Tシャツの襟から覗く鎖骨のラインがとても綺麗だと思った。そして、何よりも一目を惹くのがはっとするほど綺麗な顔立ちと強い光を宿した黒曜石のような瞳だ。
(……あの瞳は)
 直江の心を捕らえて離さない、あの人の瞳に似ている。
 そう思った時だった。紛れもないあの人の、景虎の気配を彼から感じ取ったのは。
(まさか)
 そう思い、青年の歩く姿を見つめる。
(いや。間違いない)
 押さえられてはいるが、まるで残り香のように彼の周囲に漂う見知った<力>の気配。言葉よりも如実に彼の感情を物語る意志の強い瞳がなによりの証拠だった。
 こんなところに、こんなに近くにいたなんて。
 直江は我を忘れて青年に駆け寄り、いきなり抱きすくめた。
「景虎様! 景虎様……っ! やっと、見つけた……!」
「なっ!? 直江っ?」
 青年は心底驚いたような声をあげて直江の名を呼んだ。しかし、あんな最悪の別れ方をした相手に対して返すにはあまりにも緊張感に欠ける声色に、直江はふと顔を上げた。
「……景虎様?」
「直江。お前こんなとこで何やってんだよ?」
「……何って」
 馴れ馴れしい、というかすっかり気を許した口調に直江は混乱する。
『お前だけは永久に許さない!』
 そう言い放って直江を拒絶した景虎。
 無事に生きている彼を見つけたとしても、憎まれ蔑まれることを覚悟していたというのに……。
 先程から消えない違和感が決定的な不安になって直江を襲う。彼はそんな直江の微妙な顔色の変化には気づかずに言葉を続けた。
「お前、昨日実家の御盆の手伝いに行ったばっかりだろ? 16日までは戻れないって言ってたのに、もう帰ってきちまったのか?」
「……御盆? 手伝い?」
 今生では再会したばかりなのに、何故直江の実家の事情を景虎が知っているのだろう? それに、手伝いに行ったとは……?
 今はまだ六月のはずだ。御盆にはまだまだ日があるはずなのに……。
 なにかが、おかしい。
「……直江?」
 青年は首を傾げながら、相手の顔色がそこはかとなく悪いことに気がついて腕を引いた。
「具合でも悪いのか? とにかくマンションに帰ろう。ここじゃ暑くて倒れちまう」
「……はい」
 すっかり混乱しきっている直江は、もはや何故彼が兄のマンションのことを知っているのか考えることもできずに、なかば引きずられるようにして歩いた。
 これは、夢なのだろうか?
 景虎に逢いたいと強く望むあまり、自分の都合のいい夢を見ているだけではないのか?
 だが、意識を取り戻した時の身体の痛みといい、今感じている焼けつくような暑さといい、まぎれもない現実の感覚だ。
 一体何がどうなっているのか、とりとめもなく考えているうちに、いつのまにかマンションの部屋の前まできていた。青年は合い鍵でドアを開けると、さっさと中に入ってしまう。
「何やってんだ。早く中に入れよ、直江。せっかくエアコンかけてるのに、冷気が逃げちまうだろ」
 いささか憤然とした声に促されて、ようやく中に入る。
 見慣れているはずの内装。でも、所々違うところがある。自分のものではないスニーカーが何足かあるし、今までは飾ったこともない、いい匂いのする花が花瓶に生けてあった。奥へ進むとその違いは更にはっきりと浮き出てくる。基本的な家具の配置は一緒だが、見たことのない新しいソファや窓辺のカーテン。そしてなによりも室内の空気が違う。一人の時の静かな、孤独な冷たさが微塵も感じられないのだ。柔らかい不思議な暖かさがあって、包み込むような落ち着いた気配があった。
 まるで他人の部屋のようなリビングを見渡し、ふと壁に飾ってあるカレンダーに目を止めて、直江はぎくりと凍りついた。
(……馬鹿な!)
 六年も先の、しかも八月のカレンダー。
「……かげ、と、ら様」
「その呼び方やめろって。どうしたんだよ、一体? 今日のお前、変だぞ」
「……おかしい、かもしれません」
 自分が六年も先の未来にいるなんて、簡単に信じられることではない。
 何故、こんなことになってしまったのか。どうすれば元に戻れるのか。
 穴が開きそうなほどカレンダーを見据えたまま、直江は立ちつくすしかなかった……。 


*  *


 一時は己の正気を疑い、茫然自失の体に陥ってしまった直江だったが、景虎−−今の名を仰木高耶に宥められ、どうにか落ち着きを取り戻した。
 ソファに座って高耶が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、自分の今置かれている状況をできる限りわかりやすく説明した。
 高耶も最初は驚いたように目を見開いて「まさか」と言ったが、直江の尋常でない様子を見て取って、あからさまに軽蔑したり馬鹿にしたりせずに真剣に話を聞いてくれた。
「……嘘みたいでしょう? 映画や小説じゃあるまいし、未来に来てしまうなんて……。私自身、自分の正気を疑ってしまいますよ。−−でも、これは紛れもない現実だ。痛みもなにもかも、すべての感覚がそうだと教えてくれる」
 だが、ここは自分にとっては六年後の世界で、自身は過去の二十五歳の直江信綱なのだ。
「貴方には、信じてもらえないでしょうね」
 自嘲気味な直江の言葉に、高耶は真剣に首を横に振った。
「……うん。でも、こうしてお前っていう存在が目の前にいる以上、信じるしかないよな」
「……景虎様」
「……怨将やらなにやら甦ってくるぐらいだもんな。何が起こったって、ほんとは不思議でもなんでもないのかもな。それに、確かに今の直江と少し違うよな。若いし、髪型とかも違うし」
 くすり、と笑う高耶につられて直江も小さく笑みを漏らす。
 幸せそうな景虎の笑顔。
 それを生み出している源が自分だとは信じられない。
 これが本当の未来だとしたら、自分は確かに景虎を見つけだし、彼を幸福にすることができたのだ。
 それを思うと嬉しくて思わず涙が零れそうになる。
 景虎を見つけられずに苦しくて、死んでしまいたいと何度も思った。実際、自殺を図ったこともある。それでも苦しんで地獄のような日々を生き抜いて求め続けた証が、ここにはあった。
「……私は、貴方を見つけることができたんですね」
「うん」
「でも、貴方は私を憎んでいたのではないの? 私は貴方に対して許されない罪を……」
 直江の言葉に対して、高耶は静かに首を振った。
「お前が過去に戻れた時、このことを覚えていたら過去が変わってしまうかも知れないから、オレは何も言うことはできないよ」
「……ですが」
「ひとつだけ、オレがお前に言えることは、お前がオレを見つけてくれて良かったってこと。お前と一緒にいられて、すごく幸せだってことだけ」
 そう言って直江を真っ直ぐに見つめる高耶の瞳には、一言では語り尽くせない複雑な感情が映っている。
 やはり、簡単には今の状況に辿り着くことはできなかったのだろう。その間にどんなに苦しみがあったのか、二十五歳の直江には想像することもできない。
 でも、最後には景虎と二人で幸福をつかむことができる。
 その答えが直江の胸中に確かな希望をもたらした。
「……それだけ聞ければ、充分です」


*  *


 しばらくたあいのない話をしていると、高耶がおもむろに言った。
「……でも、どうやったらお前、自分の時代に帰れるのかな?」
「…………」
 混乱がおさまってしまうと、今度はなんだか戻りたくない気持ちが沸き上がってくる。
 あちらには、まだ景虎がいない。
 できないことだとはわかっていても、ずっと高耶の傍にいたいと願ってしまうのを止められない。
 そんな直江の胸中を知ってか知らずか、高耶はしきりに首をひねっている。
「そうだ! 今夜、お前が霊と戦ったっていう公園に行ってみようぜ。もしかしたらあの場所に何かあるのかも知れないだろ」
「……そうですね」
 我知らず浮かない声色になってしまうが、高耶は気に止めることなく言葉を続けた。
「そうと決まれば腹ごしらえだな。ちょうど夕飯の時間だし、うまい飯作ってやるから待ってろ」
 そう言って立ちあがった高耶がキッチンへ向かうと、直江はおもむろに窓の方へ視線を動かした。いつのまにか日は暮れかかり、空が夕日の赤に染まっていた。
 こうして眺める景色は何一つ変わらないのに、何故自分はこの時間の人間ではないのだろう。
 日が沈んでゆくにつれて、高耶と過ごせる時間がなくなってゆく。
 時間が止まればいいと願いながら、直江はしばらくの間窓の外を眺めていた。
 それから程なくして高耶の美味しい手料理をごちそうになり、お茶を飲んで一服してから二人は夜の公園へと向かった。二人の間に漂う空気はどことなく重く、どちらも口を開かないまま、視界の端に公園が見え始めた。
「……直江」
 ふと立ち止まった高耶が呼び止める。一歩先で止まって振り向くと、高耶が痛いくらい真剣な眼差しで直江を見つめていた。
「お前、ほんとは自分の時代に帰りたくないんだろ?」
 なんとなく感じてはいたが、やはり見抜かれていたか。直江は切ない想いを隠せずに苦笑した。
「……ええ。私はもう、貴方のいない時間に帰りたくない。できれば、ずっとここにいたいとさえ思っています」
「それは……」
「できないことだとわかっています。そんなことになれば、この時代には私が二人も存在することになってしまいますからね。……でも、どうしても望んでしまう。……貴方と、離れたくない……っ」
 いきなり肩をつかんでぎゅっと抱き締める。高耶は抵抗せずにそれを受け入れ、自分からもそっと直江の背中に腕をまわした。
「……わかってるよ。でも、帰らなきゃ。……お前がこっちに残ったら、これからお前に逢うはずの過去のオレはどうなるんだよ?」
 はっと直江の肩が震える。
「そうだよ。過去のオレはお前をずっと待ってるから……」
「……景虎様」
「……ちゃんと、見つけてやってくれよな」
「私は、少しは自惚れてもいいんですか?」
 景虎が、自分を待っていてくれると……。
 高耶は答えずに黙ったまま直江を見つめていたが、ふいに顔を寄せて軽く触れるだけのキスをした。
「……っ!」
 驚きにめいっぱい双眸を見開いて高耶を見返すと、彼は照れ隠しにさっさと歩いて直江の視線をかわす。が、その顔は耳の先まで真っ赤に染まっている。
「ほら、行くぞ! 直江!」
 我知らず微笑みを浮かべて指先で唇をなぞり、直江は高耶の後に続いた。


*  *


「……なんだよ、これ?」
 公園の前で高耶は立ち止まり、中に凝る悪意に満ちた霊気に顔を歪めた。これだけ怨嗟の霊気が満ちていれば、普通の人間にだって嫌でも感じ取ることができるだろう。そのせいか、公園の中には猫の仔一匹見あたらない。
「昨日ここの前を通った時はなんともなかったんだぜ。……やっぱり、何かあるな」
 意を決して踏み込もうとする高耶の肩を掴んで、直江は止めた。
「直江?」
「高耶さんはここにいて。私がひとりで中に入ります」
「……でも」
「たぶん、ここにいるのはあの夜私とやりあった霊です。巻き込まれれば、今度は貴方がどこかへ飛ばされてしまうかも知れません」
 自分だけならば、上手くすれば元の時代に帰れるかも知れない。
 直江の胸中を察した高耶はやや固い面持ちで頷いた。
「……気をつけろよ。無事に帰れることを祈ってるから」
 直江は無言で頷き、くるりと高耶に背を向けて公園の中へ足を踏み入れた。
 肌に触れる空気がざわりと蠢き、瞬く間に敵意に満ちる。圧力を増した怨念のせいで、空間さえ歪んで見える。
(……このせいか)
 あの一瞬にぶつかりあった力のせいで、空間にゆがみが生じたらしい。直江は上手く別の時代に弾き出されたが、霊は歪んだ空間に囚われてしまったようだ。空間の狭間で身動きも叶わず、より一層怨念を募らせていた霊はまるで獣のような声で吼え続けている。
 この霊を調伏すれば、力のぶつかりあいで空間のゆがみが開くかも知れない。確証は何一つないが、元の時代に帰るためにはやってみるしかなかった。<力>を解放し、指で印を結ぶ。
「ばい!」
 直江の声に霊体がびくりと硬直する。外縛された霊はもはや呻ることもできずにその場に縛りつけられる。
「のうまくさんまんだ ぼだなん ばいしらまんだや そわか」
 真言を唱えると直江の身体から琥珀色のオーラが立ち上り、白い光が印を結んだ手に集まる。力が集束してプラズマが発するのはいつものことだったが、今日は空間の裂け目の異常な磁気に反応しているせいか、痛みすら感じるほど激しく火花が散っていた。
「……くっ!」
 ばちん、と火花とともに走った空気の刃が直江の腕を切り裂いた。ぶわりと溢れる血が吸い込まれるように空間の裂け目に消えていく。
「南無刀八毘沙門天! 悪鬼征伐! 我に御力与えたまえ!」
 硬直している霊体と空間の裂け目に向けて、直江は両手を開いた。
「調伏!」
 瞬間、直江の手のひらから光が四方に放たれ、霊体を包み込んでかき消した。それでもあまりある力が空間の裂け目にぶつかり、目を灼く閃光が弾けた。
「くぅ……っっ!」
 覚えのある激しい衝撃が直江を襲い、鍛え抜かれた肉体をいともたやすく吹き飛ばしてしまう。
 背中を打ちつける鈍い音と激痛。堪えきれずにくらりと廻る視界。
 −−そこで再び、直江の意識は闇に飲み込まれた……。



 直江が公園の中に入って少し経った頃。そのまま帰るに帰れずに立ちつくして見守っていた高耶は異変に気がついた。
 公園に溢れる邪気を切り裂くように清浄な力が生まれ、とたんに目を覆う白い光があたりを埋め尽くした。
「う、わ……っ!」
 同時に巻き起こる突風に辺りの埃や砂が巻き上げられ、たまらず両手で顔を覆う。それでも足りずに目を閉じる一瞬に、光の中に消える直江の影を見たような気がした。
(……あぁ。帰っちまうのか……)
 確信など何一つないのに、漠然とそう思った。
 光と突風が止み、恐る恐る目を開くと、そこは元通り何もない普通の公園に戻っていた。先程までのおびただしい邪気もなく、直江の姿も勿論なかった。
「……いっちまった、か」
 若い直江の、切ない微笑が脳裏に浮かんだ。
(……さよなら。いつかきっと逢えるから。それまで、待っていて……)
 
 
 今はつらくても、きっと幸せな未来が待っているから……。


*  *


「……江、直江!」
 自分を呼ぶ声で意識が浮上した。
 眩しい光。見慣れない天井。
 −−そして、
「……げ、とら、様……?」
 薄く開いた瞳に映る人影に腕をのばしたが、ぱちんと弾かれてしまう。その痛みで、直江は完全に覚醒した。
「何寝ぼけてんのよ! あたしよ!」
「……晴家?」
 心配そうに覗き込む見慣れた若い女性の顔は、同じ夜叉衆の柿崎晴家の今の姿のものだった。
「びっくりしたわよ。心配して様子を見に行ったら、公園の中で倒れてるんだもの」
 その言葉で昨夜の記憶が蘇る。
 そうだ。公園に現れる骸骨武者の霊を除霊しに行ったのだ。そして、思わぬ抵抗にあって……。
「……」
 なにか、夢を見たような気がする。
 久しぶりに心が温かくて、不思議な安らぎに満ちている。我知らず微笑んだ直江に、晴家は安心したような面持ちで問いかけた。
「……いい夢でも、見てたの?」
「……そうだな」


『……直江』


 彼の存在が、とても近くに感じられる。


『オレはお前をずっと待ってるから……』


 幸せな、けれど切ない夢。
 直江の心に僅かな希望を残して、その面影は儚く消えていった……。  


END



 15503HITの佐姫れんさんのリク作品でした。タイムスリップして直江と一緒に幸せしている未来の高耶さん出逢う過去の直江でしたが、帰るときはなんだかちょっと可哀想でした。高耶さんと一緒にいたいのはわかるけど、二人の直江がいたら高耶さんがタイヘンだぁ(笑)特に夜の生活が……。
 佐姫さ〜ん、リク的にはOKでしょうか?(どきどき)



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