木漏れ日

 
Written by ありえるさん






会議のために、嶺次郎のもとへおもだった幹部が集まり、泊まった次の日のことだった。
会議が終わればその夜は宴会になるわけで、もともと土佐の男を中心とした赤鯨衆の酒量はそれはすごいものである。
当然翌日朝早くなぞ誰も起きられない。
いつもの騒がしくあわたただしい朝の光景は見られず、その日は昼にさしかかってもアジトの中は静かなままだった。
もちろん橘義明こと直江も、砦の長として会議に出席し、宿泊した。
ところが何故か、あわただしい中でなら平気で寝ていられても、あまりに静まり返った中では本能が警戒をするのか、早くに目がさめてしまう。
身支度を整え、だが何をするわけでもなく、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
そのとき。
人もまばらなこの建物から、更に誰もいない林に向かって歩いていく人間を、直江の視界は捕らえた。
大急ぎで部屋を出、階段を降り、後を追いかける。
彼に、呼ばれているような気がしたから。


人の通ったあとを識別して、林の中を直江は進んで行った。
そしてようやく、目的の人物を見つけたとき、彼は一本の大樹の根元に腰を下ろし、静かに瞼を閉じていた。
音を立てないように、そっと近づく。
身をかがめ、大樹と彼の間に身体を入れて、後ろから彼を抱きかかえる。
「―――――何しにきた」
目を閉じ、無意識に甘えるように、直江の身体に重みを預けて、彼は問うた。
直江はぎゅっと、彼を引き寄せ、抱きしめ、振り向かせて額にキスを落とし、微笑んだ。
「あなたを、抱きしめに。高耶さん」
「見られたら―――」
「大丈夫」
警戒する彼の、続けようとした言葉を遮って今度は唇にキス。
「今朝は誰も起き出してくる元気なんかありませんよ」
「直江……」
開かれた瞼の下には、暗く沈んだ赤い瞳。
「リラックスなさい。体に力が入っていますよ」
直江のほうを向いていた、高耶の顔を正面に戻させて、その身体を再度強く自分のほうへ押し付け、寄りかからせる。
抵抗しないまま、高耶は直江の望む体勢をとった。
直江の右手が高耶の頭部へと動き、やがてその手は、ゆっくりと高耶の漆黒の髪を梳きだす。
何度も往復する男の手に、高耶は息を吐き出し、再び目を閉じた。
「息が……息がうまく吸えないんだ」
呟くように、高耶が言う。
「息苦しくて、いつも。どうしても、苦しくて……直江」
きゅ、と唇を噛んだあと、高耶は吐き出すように言葉を続けた。
「息が、うまく吸えない……!」
直江は、髪を梳いていた手を離し、高耶の脇から両手を前に回して、あやすようにぽん、ぽんと軽く叩いた。
「落ち着いて。あなたははまだ大丈夫だから」
言いながら、高耶の両手を握る。
「あなたは、まだ大丈夫。まだ、走りつづけられる。だってほら、この両手には、まだやるべきことが残っているのでしょう?
焦らないで。あなたはまだ、本当に疲れてはいけないひとだ。息が苦しくて、憩いが必要なら、私を呼びなさい」
触れ合った身体。重なり合った直江の胸と、高耶の背中に響く、優しく、低い声。
「あなたのゆく道を、私は代わりには背負ってゆくことはできない。そばで一緒に苦しもうと、あがくことしかできない。
だけれど、あなたがその重さを感じたとき、背負ったあなたごと、私は支えてあげられる。あなたを一人にはしない。
だから」
私を呼んで、とその声はささやいた。


息苦しくて、指の先から冷たくなっていく。
包んで暖めてくれる、暖かい光を求めてこの林に入った。
だけれど、四国にはもう、太陽は光を照らさない。
木漏れ日の名残を感じ取りたかったから、ここへ来たけれど。
高耶が必要なものは、この直江だった。
重ねられた手のひらから、体温が戻ってくる。
脚の先まで暖かさが広がり、苦しかった息が、穏やかなものへと変化する。
心の奥底で冷えて固まった何かを、この暖かさが溶かしてくれる。
「何も……何も出来ないけど……」
ぼそり、と呟いた言葉を、直江が再び遮る。
「……わかっていますよ」
不器用なあなた。前しか見ることの出来ない、不器用なあなた。
言わなくてもわかっている。
そばに、いるから。
あなたの、そばに。


抱きしめたまま、抱きしめられたまま、動かない二人の上に、さすはずのない微かな光が、降り注いだ気がした。


end.



*ありえるさんのコメント*
どうしましょう、甘くなりませんでした……(汗)
なんか切なくなってません?? 直江をかっこよく書いていると何故か、
何かが外れるんです。おかしいなあ。



*とらこのコメント*
おおおぉ〜〜(大地を揺るがすタマシイの叫び) ありえるさんの書かれる直江はどうしてこんなに格好いいんだろう。
高耶さんを優しく包み込んであげる直江にもう、うっとり……。
高耶さんのサラサラした髪を梳いてあげる直江の図って、すごくいい〜〜っ!!て思ってるのは私だけでしょうか? なんだかそこだけ外の世界から切り離されて、静かな甘い空気が流れてる雰囲気があると思うんですが……。
BBSでのやりとりで厚かましくも小説をいただいてしまいました。感激です!

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