休日の彼 Written by とらこ AM5:30 「……ふぁ」 十分ほど前に眼を覚ました高耶は、少し身じろぎして小さな欠伸をした。 (……眠い) ともすれば、とろとろとまた寝入ってしまいそうになりながら必死に目を開けて、高耶は目の前にある直江の安らかな寝顔を見ていた。 一緒に暮らし始めて一ヶ月。まだ一度も直江が寝ている顔を見たことがない。夜はいつも散々疲れ果てた高耶の方が気を失うようにして先に寝てしまうし、朝も泥のように重い体はなかなか早く起きれない。夜、あれだけ激しい運動をしているというのに、直江はいつも朝六時には起きているらしい。 昨夜、急に思い立ってどうしても直江の寝顔が見たくなった高耶は、「具合が悪いから」と言って魔手を逃れ、久々にゆっくりと安眠して朝早くに目覚めたのだ。 念願叶ってじっくりと見た直江の寝顔は、思ったよりも若く見えることに驚いた。とっくに三十は越えているのに、どうみても二十代半ばから後半にしか見えない。さらさらと鳶色の前髪が額にかかり、思わずどきりとするほど綺麗だと高耶は思った。 (……こんな顔して寝てんのか、こいつ) 今まで見れなかったのが、勿体ない気がする。 すると、ふと思いついた。 自分の知らない直江の顔が、もっとたくさんあるかも知れない。 見てみたい、と心をくすぐる欲求を高耶は押さえられなくなった。 (……今日一日は、直江をじっくり観察してみよう) そう、決めた。 * *
AM6:00 目覚ましが鳴り出す前に、直江の瞼がぴくりと動いた。 「……ん」 わずかに身じろぎしてごそごそと腕を伸ばして目覚まし時計のタイマーを止めると、そのまま腕の中にいる高耶の存在を確かめるように抱き締めてくる。 (……こいつ。このせいであんまり気持ちよくって、オレ起きられないんだよ) 寝ているときはとても気持ちよくてうっとりと更に深い眠りに引き込まれてしまいがちだが、今は目が覚めているせいか、苦しくて暑い。 「……直江。暑い」 憮然とした声で言って胸に手をついて身体を離すと、直江は驚いて目を開いた。 「高耶さん。起きていたんですか?」 「うん。なんか目ぇ冴えちゃって」 「体調の方は、もういいんですか?」 「は?」 自分で昨夜、具合が悪いと言ったことを一瞬失念していた高耶は呆けた声をあげてしまってから、はっと口元を押さえた。 「?」 「な、なんともない。もう大丈夫!」 「そうですか。ならいいんですが」 安心したように柔らかく微笑んだ笑顔が朝の光に透けて、そのえもいわれぬ光景にしばし呆然と見入ってしまう。 「高耶さん?」 「なっ、なんでもない! 起きてメシにしようぜっ」 ぱっと顔を逸らして、素早くベットから体を起こす。 (……なんかオレ、直江に見とれてばっかり……) 直江に聞こえてしまいそうなほど大きな音をたてている心臓を宥めるように、胸を押さえながら自分の部屋に駆け込む。着替えながらようやく鼓動をおさめてリビングに行くと、既に直江はソファに座って新聞を広げていた。 細い縁のメガネをかけた姿は理知的で、仕事をしているときの厳しい横顔を思い出させる。 (……こーして見てればストイックそうな奴なのに) 夜になれば、手のつけられないベットの帝王になってしまうのだから、信じられない。 深く考え込みながらじぃ〜と見つめていると、さすがに突き刺さるような視線に気がついた直江がこちらに顔を向けた。 「高耶さん? 私の顔に何かついてますか?」 「べっ、別に! すぐにメシの支度するから!」 ばたばたとキッチンに駆け込む後ろ姿を見つめながら、直江は少し首を傾げたが、またすぐに新聞に視線を落とした。 三十分後、リビングのテーブルには白い御飯と具のたっぷり入った御味噌汁。鮭の照り焼きとほうれん草のおひたしに厚焼き玉子という純和風の朝食が並べられた。いい匂いに目を細めながらいつもの場所に座って箸を手に取る。 「では、いただきましょうか」 「うん」 高耶は自分の御飯茶碗を手にとって厚焼き玉子を頬張りながら、目線は直江を追っていた。 器用に魚をほぐし、口元に運ぶ仕草さえ絵になってしまう。 「……お前って、食べ方綺麗だな」 「は?」 「それってやっぱり育ちの違いかなぁ?」 「育ちって……別に普通の家庭でしたよ。ただ、お寺ですからね。姿勢や食事中の作法は気をつけていましたね」 「……ふぅん」 高耶は頷いて、興味深げに食事をしている様子を眺めている。さすがの直江もなんだか気恥ずかしくなって手を止めた。 「……高耶さん。あまり熱心に見ていられると、とても食べにくいんですが……」 「そうか?」 「はい。それに、貴方のも早く食べないと冷めてしまいますよ」 「……うん」 高耶は少しがっかりした様子で、のろのろと自分の食事を再開した。しかし、やはりちらちらと直江の方を気にしている。 (……一体どうしたんだ。高耶さんは) それからもほとんど一日中、気がつくと高耶は直江を見ていた。食い入るように見つめているだけのこともあれば、ぼうっと見とれていることもあった。 じっと熱く見つめられるのは嬉しいが、今日のはなんだか直江の行動を逐一見張っているようで、ひどく気になる。 (……何か気に障ることでもしたかな?) 何喰わぬ顔で考えるが、思い当たる節はない。 (……昨夜は高耶さんの体調が悪かったから、何もしてないし、その前の夜も気持ちイイことはたくさんしてあげたけど、無体なことはしてない……はずだ) 読んでいた雑誌もそっちのけで考えているうちにおとといの夜の高耶を思い出してしまう。薄紅色に染まった肌。潤んだ瞳で直江を見上げ、切なく求めてくる媚態。 ついつい夢中になって妄想していると、高耶の冷ややかな声が意識を現実に引き戻す。 「……直江。お前今、えっちなこと考えてたろ?」 「……えっ」 (……どうしてばれたんだ?) 「すけべな新聞読んでるオヤジみたいな顔してたぞ。鼻の下伸ばしやがって」 あんまりな例えに思わずがっくりと肩を落としてしまう。 「……高耶さん」 「あはは。ごめん。お前でもそんな顔するんだな〜と思ったらつい」 ころころと笑う高耶を見つめてため息をつきながら、直江は今日一日疑問に思っていたことを尋ねようと口を開いた。 「また、私を見ていたんですか?」 「……え?」 「今日一日、私を見てばかりいましたね。どうしたんですか、一体?」 真正面から尋ねられて、言葉に詰まる。理由なんか、恥ずかしくて言えない。 「別に。お前のことなんか見てないぜ? ちょっと自意識過剰なんじゃね〜の?」 知らない振りをしてソファから立ち上がり、キッチンへ向かおうとする。 「さ〜て、そろそろ夕飯の支度しなきゃ」 白々しい言葉に誤魔化されることなく、直江は腕をまわして背後から高耶を抱きすくめて拘束する。 「うわっ!」 「……答えて。どうして俺を見ていたの?」 「だから……っ。見てないって!」 「嘘だ。……素直に言わないと、このまま放しませんよ」 「……っかやろ」 手足をばたつかせて暴れるが、直江の拘束はがっちりと高耶を捕らえていて外れない。このたちの悪い男が本気なのは明白で、このまま口を噤んでいれば、ベットに連れ込まれて詰問されかねない。 (それだけは嫌だ!) 高耶は諦めたように小さなため息をついて、言った。 「……わかったから、放してくれ」 「いいえ。理由を言ってから放してあげます」 「〜〜〜〜〜っ」 「……教えて?」 もはや逆らうことを諦めた高耶は、俯いて小声で呟く。 「…………ったから」 「え? 聞こえませんよ?」 「お前のいろんな表情が見たかったからだよ! 放せ! この馬鹿!」 予想もしていなかった言葉に驚いた直江は、一瞬腕の力を緩めてしまった。その隙をついて手足を振り回し、ようやく自由を取り戻すと、恥ずかしくてばたばたと自分の部屋に駆け込んで行く。 「たっ、高耶さん!」 一瞬呆けていた直江は乱暴にドアを閉める音ではっと我に返った。閉められた高耶の部屋の前に立ち、三度ノックする。 「……高耶さん?」 答える声はない。ノブに手をかけて回してみると鍵はかかっておらず、すんなりと開いた。 「入りますよ」 そっと中にはいると、高耶は自分のベットに俯せに突っ伏して転がっていた。シーツを掴む手にひどく力がこもっていて、とてもくやしそうだ。 「……怒っているんですか?」 髪を撫でようと頭に触れると、びくりと肩が震えた。 「……別に。怒ってなんかない」 もそ、と上体を起こしてベットの上に座る形になる。真っ赤になった顔は、恥ずかしいのとくやしいのとがないまぜになった複雑そうな表情をしていた。 「……聞いていいですか?」 「……何を?」 「どうして、俺の表情が見たいと思ったの?」 「……それは」 高耶はぽつぽつと昨日の夜、突然思い立ったことから話し出した。最初に仮病のことを聞いた直江は驚いて目を見開いていたが、高耶の言葉が進むにつれて、優しい面差しに変わっていく。 「……一緒に暮らし始めてもう一ヶ月経つけど、見たことのないお前の顔がたくさんあるって思って……」 「だから、今日一日見張っていたんですね」 ばつが悪そうにこくんと頷く高耶がたまらなく愛しくて、直江はぎゅっと抱き締めた。 「……別に見張ってたわけじゃないけど……。直江、怒ってるのか?」 「……いいえ。すごく、嬉しいんですよ」 「……え?」 「高耶さんが、俺のことを全部知りたいと思うほど愛してくれていることがわかったから」 瞬間、高耶の顔に血が昇って真っ赤に染まる。 「……っかやろ!」 「……違うんですか?」 恥ずかしさのあまり、違うと即答しかけたが、どことなく沈んだ声と表情を向けられて答えに詰まる。 「高耶さん?」 わざとらしく聞き返してくるところが、本当にたちが悪いと思う。でも、もう逆らえない。 「〜〜〜〜〜っ。違わないよっ!」 直江は一度身体を離して、にっこりと極上の笑みを浮かべてみせた。 もう一度包み込むように伸びてくる腕に身体をまかせながら、高耶は思う。 (……くそぉ。あんな恥ずかしいこと絶対言うつもりじゃなかったのに!) 早速調子に乗っている様子の直江を見ていると、更に腹立たしさが募る。 (……腹イセに観察日記でも書いて、千秋あたりに強請のネタに売りつけるか) そんな高耶の胸中を、幸福の絶頂にいる男は知る由もなかった……。 END
……リクは観察日記のはず……なのに! ただの惚気になっているのはどうしてでしょう? 確かに高耶さんは目を皿のようにして直江を観察(監視?)してますが……。 しかもいつも以上に甘々な気が……。か〜な〜り、砂吐きそう? あうあう、依捺さん。OKでしょうか? これはもう、返品可です! これも「あるてまっ!」さんにUPしていただいていた作品のひとつです。 なんかこの高耶さん、すごい可愛いな〜v BACK |