Written by とらこ
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第三話
「……東京、ですか?」 高耶は強張った表情で問い返した。高知支社長の嘉田はそんな高耶の様子に少し怪訝な顔をしたが、さして気に止めることなく言葉を続けた。 「そうだ。今回のプロジェクトが年内に進行した分の報告と、来年のスケジュールの確認。その他を含めての会議が東京支社で行われる。それに兵頭と一緒に出席して欲しい」 「……でも、それはオレよりも重要な位置にいる方のほうが……」 「いや。色部専務からの直々の指示でな。ぜひ仰木君に来て欲しいそうだ。こちらもそれには賛成だ。なにしろ、仰木君が来てからこのプロジェクトは飛躍的に進行したからな。その成果を東京の連中にも見せてこい」 そこまで言われて、肩を叩かれては行かないわけにはいかない。高耶はぎこちない仕草で頷いた。 「……わかりました」 「そうか。言ってくれるか。−−それと、悪いんだが、二十三日の日曜の夕方の便で向こうへ発ってくれ」 「……はい」 東京支社での会議に出席するということは、嫌でも直江と顔を合わせることになってしまう。実際目の前に直江がいて、平静でいられる自信がない。 不安に思っていると、ぽんと兵頭が肩を叩いた。 「大丈夫か? 何なら俺から嘉田さんに言ってやろうか?」 「いえ、大丈夫です。仕事ですから……」 「……そうか」 高耶は小さく笑って自分のデスクに戻った。会議に出るとなれば、そのための資料が必要になる。それを大急ぎで作成しなければならない。 あと一週間。忙しい日々が一時の忘却をくれる。 (……本当に忘れてしまえたら楽になれるのに……) 胸に残る鈍い痛みを押し隠し、高耶は書類と向き合いはじめた……。 * *
会議に向けての仕事のせいでひときわ忙しかったせいもあり、一週間という時間は瞬く間に過ぎ去ってしまった。 土曜の夜は勿論、日曜に都内のホテルに入ってからも眠れるはずもなく、高耶は最悪のクリスマスイブの朝を迎えた。 東京支社へ向かうタクシーの中で、あまりにも顔色の悪い高耶を見かねて兵頭が声をかける。 「……大丈夫か? その様子ではほとんど寝てないんだろう?」 「……すみません。こんな大事な日に……。でも、大丈夫ですから」 努めて笑ってみせようとする高耶にそれ以上何も言えないまま、二人を乗せたタクシーは東京支社に辿り着いた。 まだ一ヶ月と少ししか経っていないのに、もっと長い間離れていたような気がする。 一度大きく深呼吸をして、心構えをしてから中に足を踏み入れる。 真っ直ぐに会議室へと向かうが、最上階の目的の部屋の手前で、高耶の足がぴたりと止まる。すぐ後ろを歩いていた兵頭はぶつかりそうになって危ういところで踏みとどまった。 「仰木。いきなり止ま……っ」 言いながら、高耶が怯えたような目をして前方を見ていることに気づいた。その視線の先には秘書の浅岡麻衣子と一緒に会議室に入ろうとしている直江の姿があった。向こうも思わぬところで高耶の姿を見つけて驚いた様子だ。僅かに目を見開いてこちらを凝視している。 「直江支社長?」 足を止めた直江を訝しんで麻衣子が声をかけるが、当然答えなどない。それどころか、高耶との間に流れる微妙な空気にそれ以上何も声をかけられなかった。その不自然な沈黙を破ったのは、高耶達の後ろから姿を見せた色部だった。 「仰木君。久しぶりだね。君の活躍は嘉田君から聞いているよ」 「……色部専務」 とっさに我に返った高耶が振り返る。それが合図のように直江も視線を外して無言のまま会議室に入っていった。 「今日は君たちの成果を存分に聞かせてくれ。……仰木君?」 以前よりも覇気の薄い高耶を訝しんで、色部が怪訝そうな顔をする。そして、ようやく高耶の顔色がすこぶる悪いことに気がついた。 「……大丈夫か、仰木君? 具合が悪そうだが……」 「なんともありません。……大丈夫です」 「それならいいんだが……」 色部は心配そうに表情を曇らせたが、それ以上は何も言わずに中に入った。高耶と兵頭もそれに続く。 席について程なくして社長である橘照弘が姿を見せ、会議が始まった。 高耶と兵頭にとっては大事な会議なのは重々わかっていたが、内心はそれどころではなかった。 高耶の真向かいの席に、直江が座っていたからだ。麻衣子と何か打ち合わせでもしているのか、話をしている姿が目にはいると嫌でもあの時のことを思い出してしまう。前を見ることができずに意味もなく書類に目線を落としていると、ふいに名を呼ばれた。 「それでは、四国のレジャーランド建設のプロジェクトについて報告してもらおうか。−−頼むよ。仰木君、兵頭君」 「はい」 歯切れのいい返事とともに兵頭が立ちあがる。それにならって高耶も立ちあがろうとしたが、ふいに強い眩暈に襲われて体勢を崩した。 「……っ!」 「仰木君?」 「……すみま…せ……っ」 机に手をついて躰を立て直そうとしたが、呼吸まで苦しくなって、高耶は崩れ落ちるように床の上に膝をついた。 周囲がざわめく声が次第に遠くなるのを感じながら、高耶の意識は闇に飲み込まれた……。 |