IMITATION CRIME

 
Written by とらこ

[前編]


 最初はただ、利用するつもりだった。
 まるで蛇のようにしつこく追い回してくる女がいて、直江は疲れて辟易していた。
 遊び慣れた、後腐れのない美しい女。----そう思っていたから戯れの一夜を過ごしたのに……。
 何を思ったのか女は直江に本気になり、なりふり構わず至る所に姿を現すようになっていた。人前で冷たくあしらい、酷い言葉を投げつけても、女は決して諦めようとしない。それどころか直江に対する悪評ばかりが高まり、いつのまにか他の女達に敬遠されるようになってきていた。
『面倒はゴメンよ』
『あなたみたいな男に本気になったあの女も馬鹿だけど、上手くあしらえない男はもっと最低ね。−−当分会わないわ』
 今まで聞いたこともない冷たい言葉の数々に呆然と立ちつくしながら、直江はひそかな計画を実行に移す決心を固めたのだった……。


*  *


 そうして、彼が計画のもっとも重要な相手に選んだのは、仰木高耶という美しい若者だった。
 年齢は二十歳。大学に通うかたわらでアルバイトしている好青年だ。サラサラの黒髪に整った鼻筋。意志の強そうな黒い瞳が、人を強く惹きつける。極上の女でさえ足元にも及ばないほど美しい顔立ちにすらりとしたしなやかな身体を持つ彼に、男と分かっていても目が吸い寄せられてしまい、鼓動が早くなる。
(……これで女だったら最高なのに)
 行きつけのBARでバーテンダーのバイトをしている彼を見つけた時、心底残念に思ったものだ。
 だが、この際、計画にはもってこいの人材だ。
 直江の計画とは、もはや言うまでもなく、彼に言葉巧みに言い寄って、男に転んだフリをすることだった。女と一緒にいるところを見せつけることでは、効果がまったくないことは既に実験済みなので、直江には最早この手しか残されていない。自他共に認める女好きの直江にとって、フリだけでも男に言い寄るなんて嫌でしかたなかったのだが、高耶に対しては何故か生理的な抵抗がゼロだったので、ようやく実行する気になったのだ。
 さすがにあの女も直江が男に転んだとなれば諦めてくれるだろう。いや。諦めてくれなければ困るのだ。
 切実な願いを胸に秘め、今夜もあの女−−ミホの視線を背中に感じながら、高耶がアルバイトしているBARへと向かう。
 半地下になっていて、階段をおりたところにあるドアを開けて中に入ると、まっすぐにカウンターの向こうにいるはずの高耶の姿を捜した。が、今夜は彼の代わりに店のマスターの千秋が立っていた。直江を目聡く見つけると、イミありげな笑みを浮かべて手招きする。
「直江。こいよ」
「……今日は高耶さんはいないのか?」
 憮然とした表情で尋ねながら、カウンターに腰掛ける。気安い言葉をかけるのは、彼らが個人的な知り合いであるためだ。千秋はもともと直江と同じ会社にいたのだが、脱サラして今はこのBARを経営しているのだ。自分の方が年下のくせに直江に対して対等の口を聞く、気さくで物怖じしない態度が直江は気に入っている。
 いきなり不機嫌そうな発言に、千秋は眉をあげる。
「おいおい。俺じゃご不満か?」
「高耶さんに会いたくて俺はこんなところに通ってるんだ。彼がいないんじゃあ、意味がない」
「けっ。こんなところで悪かったな」
 堂々と言ってのける直江に、軽く毒づく。が、千秋はすぐに真顔になって聞いた。
「……お前さぁ。それ、本気なのか?」
 それ、とは言うまでもなく、ここ二週間ばかり高耶を口説き続けている件のことだ。鋭い千秋の言葉に内心でひやりとしながらも、顔は至って真面目に頷く。
「当たり前だ。嘘で男なんか口説いてどうするんだ?」
 しれっと言ってのける直江を、しかし、千秋は疑い深い眼差しで見つめる。
「……ホントに本気なら何も言う気はねーがよ。……ただ、これだけは覚えとけよな。あいつはお前が今までお遊びでつき合ってきた、酸いも甘いも知り尽くして割り切った女達とは違うってことをな」
 この時の直江には、何故千秋がそんなことを言うのか、わからなかった。わざわざ忠告めいた真似をしなくても、自分ではちゃんとわかっていると思いこんでいたからだ。
 −−でも、本当は全然わかっていなかった。
 そのことを直江が痛いほど思い知るのは、もう少し後のことである。
「今日も後ろでお前を睨んでるおっかないお嬢さんを諦めさせるつもりであいつにちょっかいかけてるなら、やめとけってこった」
 否定の意味で首を左右に振りながら、ずきりと良心が痛む。
「そんなことじゃない」
 男の言葉に千秋は軽く眉をあげたが、それ以上は何も言わなかった。
 会話が途切れて少しすると、店の奥から当の高耶がやっと顔を出した。今日は遅刻してしまったらしく、千秋に何事か言って軽く頭を下げている。そして、額を指先で小突かれた後で、カウンターの方へ歩いてきた。
「こんばんわ、高耶さん。今日は貴方に逢えないかと思って落胆してたところですよ」
 どんな女もコロリと落ちるような極上の微笑にのせて言うと、高耶は小さく苦笑を返してきた。
 最初の頃こそ嫌悪を剥き出しにしてロコツに嫌な顔をして直江を避けていたが、あくまでも誠実な態度で、しつこく自分を口説き続ける男に、高耶は呆れながらも少しずつ心を開き始めていた。
 紳士な物腰に優しい言動。高耶はまるで父親のような、恋人のような包容力に弱いらしい。
「また来てんのか。飽きねーな、あんたも」
「高耶さんの口から色好い返事をもらうまでは、諦めずに通い続けますよ」
「しつこいな、ほんとに。オレはそんなシュミはねーんだよ」
 同性とつきあうなんて、気色悪い。
 いつものようなつれない言葉にもめげずに食い下がる。
「そんなこと言わずに、試しに一緒に食事に行きませんか? こんどの休みにでも」
「……え?」
「いいでしょう? 美味しいのをごちそうしますから。高耶さんは何がお好きなんですか? フレンチ? それとも中華?」
 高耶は少しの間黙り込んだ。
 さっきも言ったように男とつき合うシュミはないが、タダ飯には大いに心惹かれるものがある。
 よほど強引に迫られない限りは適当にあしらっていればいいことだし……。
(……一度ぐらい食事に行ってやってもいいか)
「……いいよ」
 ぼそりと小さな声だったが、直江は聞き逃さなかった。
「本当ですか!」
「うん。……でも、本当に食事だけだからな!」
 一応釘を刺したが、直江はわかっているのかいないのか、嬉しそうに微笑んで首を縦に振った。
(……よかった。これでミホが諦めてくれればいいんだが)
 妙に嬉しくて、心が軽い。直江はそれを、ミホから解放されることへの喜びだと思った。
 まだ、自分の本当の気持ちに気がつくこともなく……。


*  *


 高耶は和食が好きだと言ったので、懐石料理の美味しい有名店を翌日即座に予約した。
 それから二日。
 妙に時が過ぎるのが遅く感じられてずいぶん苛々したが、ようやく高耶との食事の日がやってきた。
 待ち合わせは六時。直江は高耶のアパートの前へ、五分前には迎えに現れた。人を待たせるのが嫌いな高耶もその頃に外へ出ると、ちょうど車から降りてきた直江と目があった。
 ふわり、と優しい微笑をむけられると、我知らずどくんと心臓が高鳴った。
(……うわ。何…これ……?)
 男になんて、死んでも興味ないはずなのに……。
 生じた動揺を必死に押し隠しながら声をかける。
「早かったんだな。待ったか?」
「いいえ。たった今来たところです」
 言いながら助手席のドアを開けて、高耶を乗せた。
「今日はどこに行くんだ?」
「貴方が和食が好きだとおっしゃったので、懐石料理を食べにいきましょう」
「懐石料理って、めちゃくちゃ高いんじゃ……」
 高耶は少し顔を曇らせて遠慮がちに言ったが、直江は気にもとめない。
「そんなことは気にせずに。今日は貴方に美味しい食事を楽しんでほしいんです」
 笑顔とともにそう言って、直江は車を発進させた。


*  *


 一時間後。
 その店の前に立った高耶は、呆然と入り口の大層な門を見上げていた。
 こういうところがあるとテレビや雑誌で見て知ってはいたが、実際に目の前にあって、しかもこれからそこで自分が食事をするのかと思うと、らしくもなく気後れしてしまう。
 浮世離れした純和風の造りで、門を入っても少し歩かないと建物に辿り着かない。ようやく着いたかと思うと入り口には和服の上品な女性が深々と頭を下げて待っていた。そのきちんとした物腰だけでも、ここの格の高さが窺える。
 こんなところには一生縁などないと思っていた庶民の中の庶民である高耶は、思わず立ち止まってしまった。
 まさかこんなところとは思いも寄らなかったので、ジーンズに白いシャツというラフな格好で来てしまった高耶は、ますます場違いな自分が恥ずかしくなってきた。
(……もう少しマシな格好してくればよかった)
 そう思ったが、今の服装とさして変わりのない衣類しか持っていないことに気がついて改めて肩を落とした。
 立ちつくしたまま黙り込んでいると、隣にいた直江が不思議そうに顔を覗き込んできた。
「高耶さん? どうかしたんですか?」
 高耶の情けない胸中など知る由もない贅沢な男の暢気な声に訳もなくむっとしたが、あえて顔には出さなかった。
「……別に」
 入り口にいた女性の案内で、広い庭を横切り、木立の中にひっそりと佇む離れに二人は案内された。障子を開けて中にはいると、テーブルの上には贅を尽くした料理の数々が所狭しと並べられていた。いい匂いが鼻腔をくすぐり、高耶は思わず呟いた。
「うわ。すっげ……うまそう」
「さ、座って食べましょうか。−−あぁ、こちらで呼ぶまで、後はいいですよ」
 語尾はここまで案内してくれた女性に向かって言うと、自分も中に入って高耶と向かい合うように座った。
 今まで食したことのないものばかりで、高耶は物珍しげに目を輝かせながらあれこれと直江に尋ね、口に運んでゆく。男はそんな無邪気な様子を微笑ましく見つめていたが、不思議と心が安らぎ、満たされてゆくのを感じて、直江は戸惑った。
 どんな女と一緒にいても、こんな気持ちになったことなど一度もなかったのに。
(……不思議な人だ)
 そんなことを思いながら、我知らず柔らかい微笑みを浮かべる。すると、ふいに高耶がじぃっと見返してきた。
「……どうしたんですか?」
「……お前。変な奴」
「……?」
「オレなんかをこんなところに連れてきたりしてさ。お前の周りにはお前に似合うちゃんとした女がいるだろ?」
 複雑そうな高耶の面持ちはどこか切なげで、ぎゅと胸が締めつけられる思いがした。
 彼を利用し、騙していることへの罪悪感と、そして……。
「……貴方のことが好きだから。貴方に、喜んで欲しいから……」
「……まぁた。お前は嘘ばっかりだな」
 呆れたように笑う高耶の言葉が、胸に突き刺さる。
 違う、ととっさに言いかけた言葉を飲み込んで、直江は黙り込んだ。
(……まさか)
 芽ばえた予感におののきながら、直江は内心で何度も否定の言葉を繰り返して呟いていた……。


*  *


 食事を終えて帰る途中、直江は終始無言だった。なんとなく声をかけにくい空気に気圧されて高耶もまた助手席で黙り込んでいた。
 アパートの前まで来ると、直江は静かに車を止めた。
「今日はごちそうさま。ホントにうまかったよ。ありがとう、直江さん」
 お礼を言いながらシートベルトを外す高耶を、直江はじっと見つめている。
「……じゃあ、お休み」
 尋常でない様子の直江に当たり障りのない挨拶と固い笑みを見せて、車から降りようとする。が、突然強い力で腕をつかまれて引き留められてしまう。
「……っ!」
 驚いた高耶は反射的に振り返り、腕を振り解こうとしたが、男の力は存外に強く、容易に外せない。
「……な、おえ……?」
 真剣な目で見据えられて、縛られたように身体が動かなくなってしまう。
「……また、こうして逢ってもらえませんか?」
 今までとは明らかに違う、真摯な想いのこもった言葉を無下に断ることができず、高耶は黙り込んでしまった。
 今夜のことが楽しくなかったといえば、嘘になる。
 心のどこかで、もう一度こうして逢いたいと望んでいる自分がいることも……。
 いつのまにか、この男に惹かれている。
 その想いを悟られないようにそっと目を伏せると、高耶は承諾の証に小さく頷いてみせた。
 自分の感情を素直に反映してしまう表情を見られたくなくて深く俯いていると、男がつかんでいた手を放して、そっと頬を包み込んだ。
「……高耶、さん」
 触れる吐息。−−そして、軽く唇が重なり合う。
 ほんの短い間の、ついばむような優しいキスの後で直江の手が離れると、高耶は真っ赤になって慌てて車を降りた。バタン、と大きな音をたててドアを閉め、ばたばたと駆けていく。
 その後ろ姿をじっと見つめながら、直江は自分の中に生じている確かな想いを否定しようとはしなかった。
(……私は、彼を愛し始めている)
 同性であることや、当初の目的などもうどうでもよかった。
(彼を愛して慈しみたい。そして、彼に愛されたい)
 高耶のぬくもりが残る手をぎゅっと握りしめながら、強くそう思った……。





 7000HITの和規さんのリク作品です。……しかも前編です。あうあう。短くまとめようと思ったのに〜〜! 
 ていうか、のっけから直江ファンに縊り殺されそうな話です。(私も実は直江ファンだから、殺さないで−!)遊び人のくせに、なんというずさんな計画……。なんか今回の直江はお馬鹿?(汗っ) ミホは無意識に嫌ってるんでしょうねぇ。なんかヒドイ役だし(流行のストーカー?)
 うわわ。考えれば考えるほど物凄い駄文です。和規さ〜ん、前編としてはとりあえずOK? ……駄目?

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