王子様、れべるいち Written by とらこ
[前編]
「直江! オレは冒険の旅に出る!」
「はい?」 ある日ののどかな昼下がり。 エチゴ国の王宮の中庭で、第一王子・景虎は従者の直江にそう宣言した。 一瞬その意味が理解できずに呆けた返事をしてしまった直江は、景虎の言葉の意味がじわじわと頭に浸透してくるにつれて、青くなって口元を引きつらせる。 「か、景虎様っ? ご冗談なのでしょう?」 「冗談でこんなことが言えるか! オレは本気だ!」 黒い瞳の中は溢れんばかりの好奇心に満ち満ちている。本当の本当に本気なのだと悟った直江は慌ててその肩を掴んで揺さぶった。 「貴方はこの国のお世継ぎなんですよ!? そんなこと許されるわけないでしょう!」 「あのさ〜。オレに王様って向いてないと思うんだよね。ホラ、性格ガサツだしさ。−−大丈夫だって。国のことなら景勝がいるじゃねーか」 景勝とは景虎の腹違いの弟にあたるが、年齢は同じこの国の第二王子だ。冷静沈着で才覚もあるが、笑顔の裏に小悪魔を隠しているような人物だと直江は見ている。景虎は彼の悪魔めいた一面を知らない。直江がどうしてそれを知っているかというと、兄弟として友人として景虎を異常に大事にしている景勝が常に傍にいる直江を嫌い、隙を見ては数々の嫌がらせを仕掛けてくるからだ。 そんな景勝に王位を渡してしまうなんて、直江にとってはとんでもない話だ。 「し、しかし……っ」 「しかしもカカシもないっ! オレはもう決めたんだ! お前はついてくるのか!? 来ないんだったら邪魔すんな!」 「そんな……景虎様……っ」 まるで世間知らずもいいところの景虎を、たったひとりで冒険の旅などに出せるはずもない。そんなことをしたら、残った直江の方が心労で倒れてしまいかねない。かといって、一度言い出したらきかない景虎を止めるすべもなく、直江は唸った。 この従者・直江。直江が直江であるが故に、景虎王子に心を奪われて久しい。 (愛しいこの人をひとりで行かせるぐらいなら……!) 一緒に旅に出る覚悟を決めると、直江は既に門の方へ歩き出していた景虎に追いすがった。 「待って下さい! 私も一緒に行きます!」 「ホント? よかった〜。直江ならそう言ってくれると思ってたんだ〜。じゃあ、早速城下に出来たばっかの冒険者ギルドに行こーぜ」 「……はぁ」 力なく頷く直江をよそに、景虎は喜々として歩みを早める。いつもの単なるお忍びだと思っている門番に手を振りながら、半ば直江を引きずるようにして辿り着いたのは、城下でもかなり治安の悪い地区の薄汚れた酒場だった。仮にも一国の王子がこんな場所を知っているというのもどうかと思われたが、それよりもこんな場所にあるギルドが信用できるのかどうかの方が直江にとっては重要だった。 万が一、騙されてとんでもなく危険な場所に行かされたりしたら……。あるいは景虎の美貌に目を付けられ、どこかのエロジジイの所へ売り飛ばされたりしたら……!? 悪いことを考え出したらキリのない直江の脳はしきりに警告を発するが、当の景虎はそんなことを露ほども知らず、酒場のドアに手をかける。 「景虎様……。やはりお城へ……」 「あ! 言い忘れてたけど、これからはオレのこと景虎って呼ぶなよ! 王子だってバレると色々面倒だかんな!」 「は……? では何とお呼びすれば……?」 「う〜ん。そうだな。高耶がいい。うん。これからオレは高耶だからな!」 自分で納得してうんうんと頷く景虎……もとい高耶。 直江は深く嘆息しながら、どうやって彼を城に連れ戻したらいいのかを考えていた。 意志強固といえば聞こえはいいが、人の言うことをまったく聞き入れない頑固者の高耶をおとなしく戻らせるには相当骨が折れる。 (……多少の力業はしかたがない……。呪文で眠らせて、手足を縛ってでも……) 「あ。そ〜だ。忘れるトコだったぜ」 ぶつぶつと何やら呟きながら考え事をしている直江をよそに、高耶はごそごそと荷物の中に手を突っ込んでなにやら探し出した。そして、黒い皮製の首輪を取りだした。 「これをお前につけてやんなきゃな」 ぐいっと痛いくらい直江の首を引っ張って、その皮製の首輪をかちりと填めた。 「なっ!? 景虎様!? これは一体?」 「ん? これは城の倉から取ってきたんだ。呪いの首輪v」 その一言に、直江の表情が凍りつく。反面、高耶は満面の笑みを湛えて言った。 「これをつけるとどんなにレベルの高いヤツもレベル1に戻るんだってさ。−−最初から一緒にがんばろ〜な。直江」 「な……っ!」 慌てて首輪を引き剥がそうとしたが、さすがは呪いの首輪というべきか。ベルトのようにただ巻き付いているだけなのに、一向に外すことができない。そうやって藻掻いているウチに、直江は自分が今まで収得してきた呪文がほとんど頭の中から消えてしまっていることに気がついた。 両手の指でも足りるほどしか思い出せない呪文は、レベル1の小さなものばかり。 これでは高耶を眠らせて連れ帰ることもできやしない。 真っ青になった直江は呆然と立ちつくし、高耶は無視してさっさと酒場に入っていってしまった。 「……っ! かげ……高耶様っ!」 「バカ直江! “様”はやめろッ!」 「そっ、そんなことできませんっ」 いきなり飛び込んできて訳の分からない口げんかを始めた二人に、店の主人は目を白黒させるばかり。 「あ、あのう……」 「なっにィ〜。オレの言うことが聞けないってゆーのかよ!?」 力のある強い目でギン、と睨みつけられて、思わずじりりとたじろいでしまう直江。 「そっ、そういうわけでは……。しかし、主を呼び捨てにするわけには……」 「別に呼び捨てにしろとは言ってない。“様”はやめろって言っただけ」 「……わかりました。高耶さん……」 がっくりと直江が肩を落とす。 「……あのう、すいません。あんたたちは一体……?」 会話が途切れたところで、ようやく切り込む糸口を見つけた店主が高耶に声をかける。 「オレ達か? オレは剣士の高耶。んでもって、そっちは従者の直江だ」 高耶が改めて名乗ると、店主は心得たように相づちを打つ。 「ははぁ。仕事の口をお探しで?」 「ま、そんなとこかな」 その答えを聞いて、店主がにやりと笑う。 「ちょうどよかったですね〜。ついさっきひとつ仕事が入ったところなんですよ〜。しかも簡単で報酬はバッチリ」 店主の満面の笑みが、逆に直江には胡散臭く感じられてならない。しかし、高耶は気にも留めずにパッと目を輝かせた。 「ホントか!?」 「ええ。ここから北に行ったところの山の麓にある洞窟の地下から、金の招き猫を取ってきて欲しいんですよ」 「…………」 「…………」 てっきりモンスター退治なのかと意気込んだ高耶は勿論、直江はあまりのくだらなさにがっくりと肩を落とした。しかし、店主は構わずに言葉を続ける。 「それがねぇ。大きな化けネコがそれを守ってて、なかなか手強いらしいんですよ。でも、あんたら結構強そうだし……やってくれますかねぇ?」 強そうどころか両方レベル1(直江は無理矢理)の最弱なのだが、そこはあえて何も言わない。 「勿論!」 もっと危険そうな仕事であったなら、直江も強硬に反対しただろうが、仕事の内容も簡単だし、何よりも高耶本人が何を言っても聞きいれないだろうということがわかりきっていたので、直江は何も言わなかった。 (……一度ちょっと冒険すれば、気持ちが変わるかも知れませんしね) よもや自分の身に降りかかるさらなる受難があろうとは、この時の直江には知る術もなく……。 * *
その洞窟は、あの酒場の店主から買わされた地図の示す森の奥にあった。 「……まったく洞窟の中の地図がないなんて……。それで5000Gもするなんて、ぼったくりもいいところですよ。しかもギルドの登録料に更に5000Gだなんて……。おかげで財布はスッカラカンですよ。−−聞いてるんですか? 高耶さん」 都からここまで来る道すがら、延々と聞かされ続けた愚痴にほとほと飽きが来ていた高耶は気のない返事を返すばかり。 「……聞いてるよ。大丈夫だって。地図のない洞窟ってことは、まだ誰も手をつけたことがないとこなんだよ、きっと。だからさ〜。招き猫の他のお宝もらっちまえば、充分に元は取れるって」 誰も手をつけたことのない場所ならば、どうして金の招き猫があることを知られていたのだろうか。 そう思った直江だったが、あえて口には出さない。 (……なんて素直な人なんだ……ッ) ほろりと零れる涙を袖口で拭きつつ、高耶の後について洞窟に入った。 入り口は岩に阻まれて少し狭かったが、中は拾い一本道になっていた。ランプの明かりを頼りに奥へ奥へと進むが、高耶が期待していたようなモンスターもいなければ、勿論お宝も見つからない。 (……これわ……) 嫌な予感が直江の背筋を駆け上がる。 誰も手をつけたことがない、から地図がないのではなくて……地図を作るまでもない……というのが正解のようだった。 (……もしかしなくてもこれは……) あの酒場の店主に騙されたのだ。 世間知らずの高耶はともかく、流されるようにここまで来てしまってから気づいた自分の間抜けさ加減が頭に来た。 (く〜〜〜〜! 後で城に帰ったら絶対に訴えてやる!) 拳をきつく握りしめ、リベンジを誓う直江。一方、高耶はと言うと、前方に小さな明かりがさしているのを見つけて目を輝かせた。 「見ろ、直江!」 「あれは……」 「やったー! 金塊かな? それとも宝石かな!?」 頭からお宝だと決めつけてしまった高耶は、とっさにつかまえる暇もなく勢いよく駆けだしていく。 「あっ! 待って下さい!」 高耶の後を追い、慌てて走り出す直江。勢いが余って、少し先の曲がり角を過ぎたところで立ち止まっていた高耶の背中にぶつかってしまう。 「わッ!」 その衝撃でぐらりとバランスを崩してしまった高耶とともに、前に倒れ込むようにして崩れ落ちる。その時、ガチャンと何か鉄のような硬いものが壊れる音がした。 「痛……っ」 「なにしてんだよ!? 直江! ああ−−ッッ!」 「なっ、なんですかっ!?」 高耶の叫び声に驚いて、びくりと肩を竦ませる直江。その瞬間、何か小さなものの影が目の前を横切って消える。 「……なんだ?」 高耶は自分たちが倒れ込んだことで壊れてしまったらしい、鉄製の檻のようなものを指さしながら言った。 「この中になんか珍しい動物みたいなのがいたんだよ! なんか生意気そうな顔した人みたいな! あ−もう! あれをつかまえれば高く売れたかもしれねーのに!」 「……高耶さん……」 仮にも一国の王子らしからぬ発言に、直江が思わず額を抑えたその時−− 「この、うつけ者どもがぁッ!」 洞窟中に響き渡るような怒鳴り声に、二人は心底驚いて飛び上がった。 「なっ、何者だッ!?」 問う声もうわずってしまい、まったく様にならない。高耶はさっと素早く直江の背に隠れ、こっそりと声のした方を見回した。すると、洞窟の奥の方からひとりの派手な身なりの男が姿を現した。 真っ赤な長い髪を背に流し、紫色のシュミの悪い魔道士のローブを身に纏っている。しかし、腰には剣士のような長い剣を携えており、どうやら魔法剣士のたぐいらしいということは判った。指や首、手首にいたるまでじゃらじゃらと宝石をあしらったアクセサリーをつけ、成金くささが鼻につく。 男は鋭い目つきでギロリと二人を睨みつけると、壊れてしまった檻らしき物の残骸を力任せに蹴りつけた。 「何ということをしてくれたんじゃ! あれはこの洞窟にしか住んでおらぬ蘭丸という名の魔物なんじゃ。つかまえてこの儂の物にし、かわいらしい姿を愛でてやろうと思っておったのに……!」 「…………」 男の言う、愛でるの意味を悟った直江は、背に隠れる高耶を庇おうと身構える。逃がした代わりに高耶を渡せなどと言い出されたら、たまったものではない。 (この人は私のものだ! 絶対に誰にも渡さ−−ん!) 漲る想いのままに、男を睨みつける。 「この始末……どうしてくれようか? ……ん? おぬし……」 そう言ってふと男が視線を止めたのは…… 「呪われておるのか? ふ……ん。それさえなんとかすればなかなか使えそうじゃのう。−−よし! おぬし、儂の家臣になれ! さすれば蘭丸を逃がしたことは許してつかわす!」 「な……っ!?」 男がそう言ってポン、と肩を叩いたのは、なんと高耶ではなく直江の方だった……。 16723HITの穂積さんのリク作品で「王子様な高耶さんとその従者の直江」をお届けいたします。 なんだか最近シリアスばっかり書いていたせいか、なかなか難産でした〜。 うう、ちゃんとリクに添えているでしょうか? どきどきv う〜ん。なんだかこの高耶さん、頭もレベル1?? |