王子様、れべるいち


Written by とらこ

[中編]


「儂は信長じゃ。おぬしの名は?」
「え? あ?」
 すっかり混乱してしまった直江はまともに答えられない。
「冗談じゃねぇ!」
 男――信長から直江を引き離すように引っ張り寄せながら、高耶がずいっと前に出る。
「こいつはオレの家臣なんだよっ! お前なんかにやれるかっ!」
「なんじゃ? この生意気なガキは?」
「ガキじゃねぇ! いちいち頭にくる野郎だなっ!」
 ムキになってつっかかる高耶に、信長は勝ち誇ったような笑みを口元に浮かべる。
「ふん。お前にはもったいない男じゃ。儂に寄こせ!」
「いやだっつってんだろ!」
 本人の意思を完全に無視して、恐ろしく低レベルな言い争いが繰り広げられる。
「儂の家臣になったらその呪いを解いてやるぞ。しかもタダでじゃ! 教会へいけば2000Gはふんだくられるぞ」
 その言葉に直江がぐらりと傾けば、すかさず高耶は、
「直江ッ。直江はオレの傍を離れたりしないよな? 直江の欲しいものならなんでもやるし、なんでも言うこと聞いてやるからさ〜」
 とうるうるした瞳で見上げられて直江が落ちないはずもなく……。
「た、高耶さん……っ」
(ほ、本当になんでも言うことを聞いてくださるんですか!?)
 高耶の言葉に煽られて自分の望みを抑えきれず、彼にあ〜んなことやこ〜んなコトをする妄想に溺れる直江。
 がしぃっと抱きついてきた直江を抱き返しながら、高耶は信長の方をチラリと見て不敵な笑みを口元に刻む。
(ふふーんだっ!)
「……うぬう……っ。ならば蘭丸を再び捕らえて儂の目の前に連れてこなければ、ここからは出さぬぞ!」
「ええ−−ッ!? あんな素早い奴、つかまえられるワケねーだろッ!」
「ふん。でなければその男を渡せ」
「ううう……」
 直江を渡すなんて、とんでもない。しかし、蘭丸を捕まえる術もわからずに、高耶は苦悩して唸った。
「せめて弱点がわかればな〜」
「なんじゃ。そんなことも知らんのか。あ奴は宝石や金銀に弱いのじゃ」
 金銀、と聞いて二人がとっさに思いついたのは他でもない。
(……金の招き猫!)
 とたんに高耶はにやりと不敵に笑って言った。
「いーぜ。あのチビ捕まえてきてやるよ」


*  *


 信長と別れて、二人は洞窟を更に奥へと進んだ。信長が蘭丸捕獲用の罠を仕掛けていたところから少し行ったところに地下への階段があり、高耶は前に立って意気揚々と降りてゆく。
「……あの、高耶さん」
「なに?」
「……先ほどはありがとうございます」
「ああ、気にすんなって。……お前がいないとオレ、駄目だからさ」
「…………! た、高耶さん……ッ!」
 感極まった直江はすっかり高耶も自分のことを想っていてくれたのだと思いこんでしまったが……。高耶の方からすれば、文字通りの意味でしかなかった。
 王子という生まれ故に世間知らずである高耶は「冒険したい!」という意気込みこそ人一倍だが、たったひとりでは旅どころかマトモな生活さえおぼつかない。直江がいなければ何も出来ない自信だけはあった。そのために直江が必要なだけなのだが……。すっかり舞い上がってしまっている直江は、その見解の相違にはしばらく気づくことはないと思われた。
「ホラ。んなことより早く行こうぜ。化けネコとやらをブッ倒して金の招き猫ゲットしよう! んでもって蘭丸も芋蔓ゲットで一件落着ってな!」
「はいっ!」
 いつもの直江ならば「世の中そうそう上手くは……」と渋い顔をすることろだが、今の直江はすっかり舞い上がって自分の妄想に溺れている状態だった。
「お、おう……」
 妙にハイテンションな返事を訝しみながらも、高耶は更に奥へと進んだ。
 真っ暗な通路をランプの明かりを頼りに、壁に片手をつきながら歩いてゆく。怖いのかそれとも武者震いなのか、高耶の手がかすかに震えていることを見て取った直江は開いている方の手をそっと伸ばした。暖かい手をぎゅっと握りしめると、それだけで甘い幸福感が生まれてくる。
(私が傍にいますからね。高耶さんッ!)
 愛しい人の不安を和らげようとしてのことだったのだが……。
「なっ!? なにすんだッ!?」
 高耶はバッと乱暴に手を振り払ったではないか。
「な、なにするって、私はただ……」
 照れているのかと思いきや、眉間にきつく皺を寄せて怒っているように見て取れた。
「も〜ヘンなコトすんなよな!」
「そ、そんな……ッ!」
 つれない言葉にショックを受けた直江が、がっくりと肩を落としたその時だった。
 およそ可愛らしいとは思えないひどく濁った猫の鳴き声が聞こえ、小さな明かりが視界に見え始めたのは。
「誰にゃ〜? この私のすぃーと・ほーむに勝手に入ってきたのは〜? 招待なんかしとらんのにゃ〜」
招待などされた覚えもない侵入者の二人は、慌てて口を噤んで顔を見合わせた。
「……今のが……」
「例の化け猫……らしいですね」
「なんか弱そうだな」
 そんな言い合いをしているうちに、ぼたぼたというなんとも間抜けな足音がこちらへ近づいてくる。二人はランプを消して壁際にあった岩陰に身を隠した。
「匂う〜。匂うにゃ〜〜〜。蘭丸じゃない、別の人間にゃ〜〜〜。うう〜〜〜にゃ〜〜〜。そこにゃっ!」
「うわぁッ!」
 いきなり光を当てられて、隠れていた姿が晒されてしまう。
「く、くそ〜〜! 行くぞ! 直江!」
「あッ! 高耶さんッ!」
 止める間もなく飛び出した高耶を追って、直江も岩陰から飛び出る。そして、二人の目に飛び込んできたものは……。
「…………」
「…………」
 ころころとよく太った、人間ほどの大きさがある、しかも二本足で立って歩いているトラ猫。肉球でぷにぷにした手に懐中電灯を持ち、背中には例の金の招き猫を背負ってこちらをじぃっと見ている……。
「でかいッ! かわいい!」
「は……?」
 呆気にとられたままの直江の横でいきなり高耶が叫び、巨大な化け猫にがしぃっと抱きついた。
 抱きつかれた猫も飛び上がらんばかりに驚いたが、直江も目を剥いて引き剥がそうと必死になる。
「うにゃ〜〜〜〜!」
「高耶さんッ! 離れなさい! 抱きつく相手が違うでしょう!?」
「やだやだやだ。こいつ可愛い〜〜〜! ふかふかしてる〜〜〜〜!」
 化け猫は最初こそ驚いていたが、高耶が自分のことを気に入り、ホメてくれていると気がつくとデレっと眦を下げた。
「うにゃ〜〜〜。照れるにゃ〜〜〜」
 とたんに、直江の額に怒りのタコマークが浮かび上がった。
「直江〜〜〜。こいつ連れて帰りたい〜〜」
 化け猫を倒して金の招き猫を手に入れ、ひいては蘭丸を捕まえて直江の身柄の安全を確保するという当初の目的はどこへやら。すっかりこの巨大な猫に骨抜きにされた高耶に、直江の額のタコマークは増えてゆくばかり……。
「何を言ってるんですかッ! 最初の目的を忘れたんですかッ!?」
「だって〜〜〜」
 ごねる高耶の頭に、猫の柔らかい肉球が触れる。
「うにゃあ。君、かわいい人間だにゃ〜〜」
「…………(ビキッ)」(←直江のタコマークが更に増えた音)
「一匹ぼっちも退屈にゃし〜〜。一緒に行きたいところなんにゃけど〜。私には北条家の財宝を護る大事〜〜な使命があるのにゃ〜」
 化け猫は抱きついたままの高耶を見て、ぽっと頬を赤らめながら言った。
「……北条家の財宝……?」
「そうにゃ〜〜。この金の招き猫がそうにゃ〜〜〜」
 北条家とはこの国の西隣の国で、高耶の母はその北条家の人間だったのだ。
(……あれが北条家の……)
 半ば呆れながら直江は猫の背中でまばゆく光る金の像を見つめた。
「なーんだ。じゃあ、その財宝。オレの物も同然じゃん」
「にゃに?」
「だって、オレの母上は北条家の人間だもん」
 越後の王子ではあるが、確かに血筋から言えば北条の王子でもあるわけだ。
 正論というかこじつけというか、すらすらと出てきた高耶の言葉に直江は呆れながらも感心した。
「にゃんと!」
 化け猫は目を丸くして、何度も瞬きをした。
「北条の血を引く御方とは……。なら問題ないにゃ〜」
 言いざま、化け猫はひゅっと飛び上がって空中で一回転した。そして、すたっと床に降り立ってきたのは長い黒髪を背で束ねた黒装束の男だった。
「な……っ!?」
 驚いた二人はとっさに身構えたが、男は床に片膝をついて深々と頭を垂れた。
「お前は!?」
「は。北条の宝の番人。風魔の小太郎と申します。聞けば高耶様は北条の血を引く御方とか。−−ならば、何の問題もございませぬ。この宝をお受け取りくださいませ」
 驚いたことには驚いたが、二人はもっと別のことが気になってしかたがない。
 それはこの一見怜悧そうな顔立ちの男が、さっきまで目の前にいた巨大な化け猫と同一人物なのかどうか、ということだ。
 小太郎、と名乗った男が差し出した金の招き猫を受け取りながら、高耶が恐る恐る問いかけた。
「……あのさ〜、つかぬことを聞くんだけどさ。さっきのでかい猫って……」
「はい。私の術のひとつです。変化して宝を奪いに来る者を追い払っていたのです」
 至極真面目に答えた小太郎を見て、堪えきれずに高耶が吹き出した。
「ぷっ! あはははは! ひ〜腹が苦しい〜〜!」
「たっ、高耶さんっ。そんなに笑っては……くっ。はははは!」
 二人は腹を抱えてひたすら笑い続ける。
 当の小太郎は何が何やらワケがわからず、首を傾げているのだった……。







 16723HITの穂積さんのリク作品で「王子様な高耶さんとその従者の直江」の続きをお届けいたします。
 ああ〜後編で終わる予定だったのに〜。なんかのびてます。
 今回はなんだか小太郎ファンの方々に申し訳ない話になってますね……。猫の小太郎。でも、なんとなく気に入ってたりして。


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