王子様、れべるいち


Written by とらこ

[後編]


 なんだか妙な成り行きではあったが、とにかく金の招き猫を手に入れた二人は次に蘭丸の捕獲に取りかかった。
「高耶さん。一体どうやって蘭丸を捕まえるつもりなんですか?」
「ん? あのな、この金の招き猫をこうしてエサにしてだな〜」
 そして、どこから持ってきたのか高耶は馬鹿みたいに大きなカゴを、よっこらしょ、とその上に仕掛けた。
「蘭丸がこれに近づいてきたらカパッとな〜」
「…………」
 直江の冷ややかな視線が高耶に突き刺さる。
「そんな子供だましにひっかかるわけないでしょう……」
「なんだと〜〜〜!」
 高耶が怒鳴った瞬間、大きなカゴがぽん、と音をたてて小太郎に戻る。
「直江、貴様。高耶様を馬鹿にするのか!?」
 高耶がどこからともなく取りだしたカゴは、いつのまにやらくっついてきていた小太郎が変化したものだったのだ。
 さもさも忠義面をして高耶にひっついてくる小太郎が、直江は勿論気に入らない。
「別に馬鹿にしているわけではない! 私の身の安全がかかっているんですがら、もう少し真剣に考えてほしいだけです」
「高耶様は高耶様なりに真剣に考えておられるのだ!」
「そうだそうだ!」
「…………」
 いつのまにかひとり、悪者にされてしまい、直江の不機嫌指数は更に上昇していくばかり……。
「……わかりました。方法はどうであれ、肝心の蘭丸を捕らえることができればそれでいいんです」
 つれない態度の高耶に、ついつい恨みがましい視線をむけてしまうが、当の本人は気づくことなく、小太郎とともにいそいそと罠の支度にかかった。
 金の招き猫像の上にカゴに化けた小太郎が仕掛けられて準備は万端。
 高耶と直江は少し離れた物陰に隠れてじっと様子を窺う。
 ……が、一時間経っても蘭丸は一向に姿を見せない。
「……ん……」
 罠を張った高耶自身、あまりの退屈さに眠くなったのか、しきりに目をこすっている。
「高耶さん。眠いんですか?」
「……うん……」
 ぺたんと座り込んで、寄りかかるように体を預けてくる高耶に苦笑しつつ、まんざら悪い気もしない直江であった。ここぞとばかりにそっと高耶を抱き寄せようとしたその時−−
 ひた、とほんのかすかな足音が直江の耳に届いた。
(……蘭丸か?)
 ここで高耶を起こせば、声で気づかれてしまうかも知れない。直江は息を殺してじいっと罠の方を見つめる。
 すると、小さな影が辺りの様子を窺いながら近づいてくるではないか。
 少しして影との距離が近くなると、よりはっきりとその姿を見ることができた。いくらか金色がかった茶色の髪に、琥珀色の瞳。目鼻立ちのはっきりした顔立ちは確かに愛らしいが、どことなく生意気そうな感じがして直江はあまり好きになれないと思った。
 蘭丸は尚も周囲を見回し、誰もいないとわかるとノコノコと金の招き猫に近づいてゆく。
「けけけ。あの馬鹿猫。大事なお宝ほっといてその辺で昼寝でもしてんのか? ……いっつも邪魔ばっかしやがって。北条の財宝だかなんだか知らないけど、あんなのが持ってるなんてもったいない。もらっちゃうぞ」
 くすくすと笑いながら、がし、と金の招き猫を抱え込んだその時−−
 ぐらり、と倒れ込むようにして影がさしたかと思うと、蘭丸の視界が真っ暗になった。カゴに化けた小太郎が上から覆い被さったのだ。小太郎はそのまましゅるりと変化を解き、黒い風呂敷包みの中に蘭丸を捕らえてしまった。
「なっ! ナニをする!? 離せっ!」
「そうはいかん。我が主がお前に用があるとおっしゃるのでな。−−高耶様。高耶様?」
 小太郎の呼ぶ声に、直江に寄りかかってうとうとしていた高耶はぱっと目を覚ました。
(……ちっ。せっかくいい感じだったのに……)
 直江は内心で舌打ちをした。
「小太郎!? ああ、蘭丸を捕まえたのか! やった〜!」
 邪魔されたのは不愉快だったが、首尾良く蘭丸を捕らえたことには直江も満足だった。
(これで信長からも解放される……)
 あとは高耶と二人でまったりらぶらぶな旅……もとい。彼を王宮に連れ帰って万事OK。
「これでこの薄暗い洞窟から出られますね。さあ、早く信長のところへ連れて行きましょう」
「いやだ! 離せ〜〜〜!」
 蘭丸は手足をばたつかせて必死に暴れるが、小太郎の拘束は外れない。そのまま階段を上がって、信長の待っているところまで三人と一匹は戻ってきた。
 当の信長は通路を塞ぐように仁王立ちになり、一行を待ちかまえていた。
「おお、ようやく戻ったか。蘭丸はいかがした?」
 どうせ捕まえられなかったのだろう。そんな嘲笑を浮かべた信長の鼻先に、風呂敷包みに捕らえられた蘭丸を突きだした。
「ほらよ! これでいいんだろ!」
「おお、蘭丸じゃ」
 信長は嬉しそうにその包みを受け取った。
 当の蘭丸はというと、いきなり出現した派手な男に最初こそ驚いていたが、信長が金銀宝石をじゃらじゃら身につけていると知ると、とたんに猫撫で声を出してすり寄った。
「殿! 一生ついてまいります!」
「おおよ。かわゆい奴じゃのう」
「…………」
「……あのう」
 割ってはいる声に、信長の眉がぴくりと動く。
「なんじゃ?」
「これで私はあなたの家臣にならなくてもいいのでしょう? では、この洞窟から出ていっても……?」
「おお。構わぬぞ。−−じゃが、その小僧に飽きたらいつでも儂のところへ来るがよいぞ」
「ばかやろう! 誰がっ!」
 高耶がまたくってかかろうとしたが、直江が慌てて後ろから口を塞いだ。
「んん〜〜〜!」
「で、では失礼しますっ」
 高耶を引きずるようにして、しゅたたた〜とまるで忍者のように洞窟から外へ出る。
 外は既に夜も明け、眩しい朝日に満たされていた。
 それを目にした瞬間、どっと疲れに襲われて直江はへなへなと地面に座り込んだ。
「高耶さん……。いえ、景虎様。これでもう冒険は堪能なさったでしょう? もうお城へ帰りましょう」
 直江は一応そう持ちかけてみたが、景虎もとい高耶はぶんぶんと勢いよく首を振って睨みつけた。
「ナニ言ってんだよ! 冒険はこれからだ! この金の招き猫を持って帰って、あのギルドのオヤジから報酬をもらわなきゃな。それを元手にして今度は南の方へ行ってみようぜ!」
「景虎様っ!」
 悲壮な叫びにも、高耶は耳を貸さない。それどころか、
「行きたくないのなら、お前は城へ帰るがよい。高耶様のお供は私が務める」
 と横から小太郎が口を出してきたのだからたまらない。
(誰がこんな男と高耶さんを二人だけにしてなるものかっ!)
「いいえっ! あくまで戻らないとおっしゃるならどこまでもお供しますっ! お前こそ、薄暗い洞窟にでも帰ったらどうなんだ?」
 高耶と小太郎を間を阻むようにずいっと身を乗り出すと、小太郎は不快そうに眉を顰めた。
「あそこにはもう私の守るべき宝はない。北条の血を引く高耶様をお守りすることこそ、私の新たな役目と心得ておる」
「それはよけいなお世話というものです。−−ささ、高耶さん。こんな奴に構わずに行きましょう」
「え? あ、ああ」
 直江に手を引かれ、引きずられるように都の方へと歩き出す。
「高耶様。私も参ります!」
 小太郎も負けじとその後に続いてゆく……。


 ちょっと間の抜けた主従の冒険の旅は、まだまだ始まったばかりだ……。 



END




 大変お待たせいたしました! 16723HITの穂積さんのリク作品で「王子様な高耶さんとその従者の直江」の続きをお届けいたします。
  よ、ようやく最後です。高耶さんたちはこれから旅に出ますが、私はここで力つきました……ガクッ。


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