時の狭間で…
Written by とらこ
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第一話
「……ってぇ」 高耶はズキズキと響く頭の痛みで目が覚めた。 ぼやけた視界に映るのは、鬱蒼とした木々の群れ。日はだいぶ傾いてしまったらしく、周囲は薄暗くてどこか肌寒かった。 ようやく意識がはっきりしてくると、高耶は痛む頭をさすりながら上体を起こした。 「……いて〜。頭打ったのかぁ? ……って、ここどこだ!?」 今頃になって異変に気がついて、辺りをきょろきょろと見回す。 今日、高耶はいつものように直江と一緒に怨霊調伏旅行に来ていたはずだった。関東近郊の小学校で暴れていた怨霊と戦っている最中、思わぬ強い抵抗に遭い、高耶の<力>と怨霊の<力>が真正面からぶつかりあった。 −−と、彼の記憶はここで途切れている。 派手に吹き飛ばされて気を失った、というのは推察することができたが、どうしてこんな山の中にいるのかが理解できない。それに直江はどうしたのだろう? 彼ならば、一体何が起こったのかわかるかも知れない。そう思い、再び注意深く辺りを見回した。 「直江! どこだ!?」 呼びかけても、返事はない。 彼はいないのだろうか? だとすれば、自分は一体どうしたらいいのか−− じわり、と不安が高耶の心に染み込んできた。その時だった。 「……う……」 ともすれば木々の揺れる音にかき消されてしまいそうな、かすかな呻き声が聞こえてきたのは。 「直江!?」 ばっと立ち上がり、声のした方をよくよく捜してみると、少し離れたところの大きな木の根元に黒いスーツ姿の男が倒れているではないか。 「直江!」 (ばっかやろ〜〜。黒いスーツなんて着てっから、保護色になって見えなかっただろーがっ!) らしくもなく心細くなったことが気恥ずかしくて、つまらないことに腹が立った。ずかずかと直江の方へ歩み寄ると、傍にかがみこんでその頬を叩いた。 「直江! 起きろってば。直江!」 「……う……。た、かや……さん……?」 一瞬の間をおいてぱっと目を覚ました男は、がばっと身を起こしていきなり高耶の腕を掴んだ。 「高耶さん!? ああ、無事だったんですね!」 「一応な。お前の方は?」 「なんともありませんよ。……それより、ここは一体……?」 「オレにもんなことわかんねーよ。一体何がどーなってんだよ!?」 怨霊と高耶の<力>がぶつかりあったあの瞬間に何が起こったのか。高耶は直江の問うた。 「あの時のことは私にもよくわかりません。ただ、貴方と怨霊の<力>がぶつかりあった空間がいきなり裂けたんです」 「は……!?」 「……いえ。裂けた、と表現するのが正しいのかどうか……。その部分がまるでひび割れたようになって、通常とは違う景色がそこにありました。強い風が渦巻いていて、怨霊はそこに吸い込まれて、衝撃で意識を失った貴方も飲み込まれそうになりました。私は貴方の躰を掴んで引き戻そうとしましたが……力及ばずに私自身もそこに吸い込まれてしまいました。そこで、私の記憶は途切れています」 その奇妙な裂け目に吸い込まれた瞬間に、直江は意識を失ったのだ。 「……オレ達、まさか死んだんじゃねーよな……?」 「まさか。生きていることだけは確かです」 400年もの間、死と生を繰り返して来た男の言うことに嘘はないようだった。とりあえずは自分たちが生きているということに、高耶は安堵した。 「とりあえず、山から下りることが先決のようですね。このままではここで夜を明かすことになってしまう。それに、街か村を見つけることができれば何か判るかも知れませんし」 それについては高耶にも異論はなく、深く頷いた。 「じゃあ、行こうぜ。−−−−ッ!」 言い終えた瞬間、高耶は頭上に人の気配を感じてとっさに振り返ろうとした。しかし、それよりも早く木の枝から黒い人影が舞い降りる。人影は高耶の背後から首に腕を回し、サバイバル・ナイフの冷たい刃を喉元に突きつけた。 「動くな! 怪しいヤツら……って、あれ? 橘……? ってことは……うわぁ! 仰木!?」 取り乱して叫び、とっさに腕を緩めた男の隙をついて、高耶が動いた。強い手刀でナイフを叩き落とし、そのまま腕を捕らえて相手の体を背負い投げにする。 「うわ……っ!」 背中をしたたかに地面に叩きつけられ、とっさに身動きのとれない男に、すかさずナイフを拾い上げた直江が刃を喉元に突きつけた。 「……何者だ? 何故私たちの名を知っている?」 「お、仰木っ。何の冗談だよっ!? オレだって! 潮! 武藤潮! オレの顔忘れたなんて言うんじゃねーだろうな?」 「……潮?」 訝しげに表情を曇らせる高耶を見て、潮と名乗った男はさっと顔色を変える。 「……お前……ホントに仰木か? 橘も……なんかちょっと若くねぇ?」 「……直江。お前の知り合いか?」 「−−まさか」 にべもない二人の会話に、潮は大いに慌てた。 「ちょ……っ! 嘘だろ!? どーしちまったんだよ、仰木ィ!」 何かが、おかしい。 違和感が、高耶の心に不安を生む。 「……潮、とか言ったな? オレとこの男について知っていることを全部言ってみろ」 「高耶さん!?」 「−−いいから」 至極真剣な高耶の目に気圧されるようにして、潮は口を開いた。 この二人は、自分のよく知っている二人とは違う。 はっきりとした、しかしこれといって根拠のない確信のもとに。 「お前は仰木高耶だろ。だけどホントは上杉景虎で、今はオレ達赤鯨衆の一員だ。……あんたは橘義明。現代人で同じくオレ達赤鯨衆の宿毛砦長。あだ名は黒き神官。あと、仰木とは昔からの知り合いらしいよな。時々“ナオエ”って呼んでるしな。……な〜〜もーいいだろ? コレ外してくれよ〜〜〜。一体何がど〜なってんだよ?」 「……赤鯨衆? ……宿毛……? ここは……」 「四国に決まってんだろ!」 (四国、だとッ!?) 高耶に負けず劣らす直江も驚いて絶句した。 二人は関東近郊の森の中にいたはずなのに。 霊との<力>の衝突で、空間を越えてここまで飛ばされてしまったとでもいうのだろうか? だが、それだけでは潮の言葉は説明できない。 高耶や直江は赤鯨衆などというものとこれまで一切関わりをもったことなどないのだ。 同じ時間に別の場所に存在することなどできない。 (まさか、な……) とっさに思い浮かんだひとつの考えを、高耶は否定する。 あまりにも非現実的で思いついた自分も馬鹿馬鹿しくて口にする気にもならない。 こんなのは夢に違いない。 しかも、質の悪い悪夢。 ――しかし、やはり何か気になった高耶はふと潮に問うた。 「今年は、何年だ? 何月なんだ、今は?」 「○○年の2月だよ! も〜頼むから〜」 (ば……かな……) 潮の口にした年は高耶達がいた時よりも、数年先の未来のものだった。 −−タイムスリップ。 一度は否定したその言葉が、高耶の脳裏に浮かんだ……。 17723HITの佐姫れんサマのリク作品をお届け致します。 ああ〜。なんだか書けない時期があって、なかなかに難産でした。でも、そこを助けてくれたのが潮でしたv ありがと〜潮! |