時の狭間で…


Written by とらこ


第二話


 怨霊や闇戦国と関わるようになってから、かなり非常識な出来事にも慣れたつもりの高耶だったが、今回はさすがにどうしたらいいのかわからず、呆然となってしまった。
 腕の力が緩んだところを潮がすかさず脱出したが、そんなことはもうどうでもよかった。
「おいおい。仰木ぃ。一体どうしちゃたわけ?」
「……潮、と言ったな」
 真顔の直江に呼ばれた本人は、呆れたように肩を竦めてみせる。
「だ〜か〜ら〜。橘までなんなんだよ〜」
「……お前の言うとおりだとしたら、ここにはもうひとりの私と高耶さんが存在することになる……」
「へ……?」
「……私たちは、本来ここにいるべきではない人間なんだ……。……△△年……。つまり、過去の人間なんだ……」
 いくら真顔で言われてもすぐには信じられる内容ではない。潮は二人が冗談を言っているのだと思い、ははは、と笑った。
「まぁた。下手な冗談は……って、マジ!?」
 言いかけた潮は、とても冗談を言っているようには見えない二人の顔色に息を飲んだ。
(すげ〜〜〜〜! マンガみてぇ!)
 驚きつつも、潮は興奮を隠せない。自分自身、元は怨霊で他人の肉体を奪ったという非日常的な存在であることは、この際棚上げらしかった。
「……ってことは、お前ら、昔の仰木と橘かよ」
 順応性の高い潮は、まるで珍獣でも見るように目を輝かせて二人を見つめた。直江の方は潮の知っている彼とあまり変わりがないが、まだどこか幼さの残る高耶の方には興味津々だ。
「すげぇなあ。……でも、仰木って昔からかわい……っ」
 刹那、ぎろり、と睨みつけられて言葉が途切れる。意志の強さをそのまま表したような鋭い眼光は、今も昔も変わらずといったところか。
「何か言ったか?」
「……いえ。別に」
(このやろ〜〜〜。今かわいいとか言おうとしやがったな。男がかわいいなんて言われて喜ぶかっつーの!)
 そんなタワゴトを抜かすのは、直江だけで充分だ。
 その直江はしばし考えこんでいたが、意を決したように顔を上げて口を開いた。
「高耶さん。とりあえず、この潮にその赤鯨衆とやらのアジトに案内してもらいませんか? このままこうしていても仕方ありませんし……」
 元の時代へ戻る方法もわからない以上、そうするしかない。
 高耶も真剣な面持ちに戻って頷いた。
「武藤って言ったっけ。頼めるか?」
「勿論だぜ! んな水くせー言い方すんなよ! 一緒に温泉掘った仲じゃねーか!」
「は……???」
 ワケがわからず、目をしばたかせる高耶の背中を、ばしばしと叩いてから潮はのしのしと歩き始めた。直江と高耶も、その後についてゆく。


−−未来の、自分……。

 見てはならないものを見るような、つかみどころのない不安がこみ上げてくる。
「直江……」
 少し立ち止まり、振り返った高耶の瞳には隠しきれない僅かな影が浮かんでいる。直江は少しでも彼を勇気づけようと、優しく微笑んだ。
「大丈夫。何があっても私がついていますから」
「うん……」

 今の高耶には、直江のその言葉だけで充分だった……。


*  *


 未来の二人が身を置いているという、赤鯨衆のアジトに入ったのは、既にとっぷりと日が暮れてからのことだった。
 簡素な建物の中でがやがやとざわめく男達を見て、直江と高耶はぎくりと足を止める。
(憑依霊……!)
 慌てて潮の躰をよくよく見れば、今度はなんと換生した痕跡があるではないか。
(−−こいつら……)
 こんな集団の中に、未来の自分たちがいるなんて、とても信じられない。そう思えてくると、このタイムスリップと思わしき現象も疑わしくなってくる。自分たちは、怨将の罠に嵌められているのではないだろうか?
 しかし、潮の言動にも、このアジトの連中にもあからさまな敵意はまったくない。そのことが、ますます高耶を混乱させた。
 どうしたらいいのか、直江の方を振り返ってみる。
「直江……」
「−−いいから。このまま行ってみましょう」
「でも……」
「罠だとしても一体どこの怨将の仕業なのか、何が目的なのかを見極める必要があります」
「−−わかった」
 小声で話していた二人は、ふと強い視線を感じて横を向いた。そこにはちょうど美弥と同じくらいの可愛らしい少年が立っていて、呆然と口を開けっぱなしにして二人を見上げていた。
「?」
「た、た、たいちょお!? むむ、武藤さんッ! これは一体……っ!?」
 すっかりパニックになってしまったらしい少年を見て、潮は心底楽しそうに笑う。
「ははは。驚いたか? 卯太郎」
「た、隊長と橘さんは嘉田さんたちと会議中じゃあ!?」
「へへへ。そっか。そんな時間だったな。−−卯太郎。お前も来いよ。おんもしれぇもんが見れるぜ。−−それに、お前もこいつらが何者か知りたいだろ?」
「む、武藤さんっ!?」
 更に混乱してしまった卯太郎の襟首をつかみ、有無を言わせずに引きずるようにして連れて歩き出す。それから建物の更に奥に入った一室の前で一行が立ち止まると、中でガタガタと椅子を立つような音がした。複数の気配にひそかに二人が身構えていると、潮は事も無げにドアを開けて中に入っていってしまった。
「お、いたいた。仰木に橘! お前らに会わせてー連中がいるんだよ」
「−−なんだ、武藤。藪から棒に」
「−−−−ッ!」
 紛れもない自分の声に、高耶の肩がびくりと震える。
「誰なんだ? 私たちに会わせたいというのは?」
 さすがの直江も、表情が僅かに強張る。
(まさか−−)
 一度は否定し、疑った現象が、まさに現実なのだと言わんばかりの光景が、二人の目の前にあった。
 敵の罠だったという結末の方が、今の二人にとってはよほどマシだったに違いない。


 −−服装こそ違えど、まるで、鏡を見ているかのような一対。


 もうひとりの直江と高耶が、目の前に立っていた……。






 17723HITの佐姫れんサマのリク作品、第二話をお届け致します。
 遂に二組の直高がご対面〜〜。
 潮はなんだか楽しそうだけど、卯太郎がなんかパニックで可哀想だなぁ。



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