時の狭間で…
Written by とらこ
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第三話
「……嘘、だろ……?」 大きく目を見開いたもうひとりの、迷彩服を着た自分と目があった瞬間、高耶はそのまま意識を失うかと思うほどの衝撃を受けた。強い眩暈を覚えてぐらりと傾いだ躰を、とっさに直江が後ろから支える。その腕の力強さが、高耶の心を一時の激しいショック状態から引き戻した。 「大丈夫ですか?」 「あ、ああ……」 さすがの直江も、僅かに声が掠れている。 勿論、もうひとりの自分の存在にも驚いたが、それよりも直江に衝撃を与えたのは、未来の高耶の左目が深紅に染まっていることだった。 一体何が、彼をあんなふうにしてしまったのか。問いつめたい衝動に駆られたが、それよりも先に赤目の高耶が口を開いた。 「−−潮。これは一体どういうことだ?」 「こ、こりゃあ一体……ッ!?」 会議に同席していた嘉田や兵頭達も、一様に驚いて目を見開いている。 「隊長が二人!?」 「へへへ〜。驚いただろ? だよな〜。オレも最初はビックリしたもんな」 面白がる潮に、兵頭はきつく眉を顰める。 「……武藤。こげに不自然なほど隊長と橘にそっくりな連中。怪しいとは思わんかったがか? 敵の罠かもしれんぞ」 警戒心も露わな兵頭を片手で制したのは、傍にいた高耶だった。 「……馬鹿なことを言っている暇があったら、人の質問に答えろ」 不機嫌そうに顰められた眉。表情も何もかも、高耶そのものだ。もはや、事態を疑う余地はなかった。 「へへへ。実はさ〜」 言いかけた潮を、しかし嘉田が遮った。 「待て。武藤。−−おんしら。兵頭と卯太郎を残してこの部屋を出るんじゃ」 「なんでじゃ!? 嘉田さん!」 そっくりな二組に興味津々の隊士達は口々に言い募るが、嘉田は頑として言い放った。 「こいつらの処遇は儂らで決める。おんしらはとっとと自分の仕事に戻れ! −−わかっちょろうが、このことはまだ他言無用じゃき」 強く言われて、隊士達は渋々と部屋を出てゆく。他言無用を言い渡しはしたものの、噂になるのは避けられないだろう。 全員が出ていくと、嘉田は改めて潮を促した。 「さあ、納得のいく説明をしろ、武藤」 「おうさ!」 自信満々の武藤がこれまでの経緯を話し始める。時折スーツ姿の直江が訂正を入れながら一通り話してはみたが、終わった頃には兵頭や嘉田の疑心は決定的なものになっていた。二人ともあえて口には出さないが、その目をみればわかる。 「つうわけで、この二人は昔の仰木と橘らしいんだよ」 「……武藤。おんし、そげな与太話を信じたがか?」 「でたらめなんかじゃねぇって!」 潮は必死に言ったが、兵頭は信じようとはしない。 「この二人は処分すべきじゃ。敵の罠に決まっちょる」 冷たい一言に驚いたのは当の二人だ。とんでもない成り行きに慌てて口を開きかけたが、それよりも先に迷彩服の高耶が口を開いた。 「こいつらは本物だ」 「……隊長?」 「自分のことだぞ。見ればわかる」 「しかし……」 兵頭と嘉田は納得しかねる様子だったが、高耶自身に強く断言されてはそれ以上反論することもできない。 「……百歩譲って本当にそうじゃとして、なんでこげな所に?」 「さあな。オレにもそれはわからない。……とにかく、余計な混乱は避けたい。嶺次郎。この二人の部屋を用意してくれないか? 原因がわかるまではそこに……」 言いかけた時だった。がしゃん、と派手な音をたてて、椅子が床を転がったのは。 ふと見れば、過去の高耶が怒った顔つきで椅子を蹴りつけていた。 「……なんだ?」 「なんだじゃねーよ! 次々勝手なこと決めやがって! オレ達は閉じこめられるためにこんなとこに来たんじゃねえ! 元の時代に帰りたいから……ッ! ……なんで……ッ。なんでこんなことになんだよ!?」 行き場のない怒りのままに、また椅子を力任せに蹴りつける。後ろにいたスーツの直江がとっさに高耶を押さえ込んだ。前にいた黒いミリタリー姿の、未来の直江も思わず手を出しそうになったが、隣にいた迷彩服の高耶の眼光に無言で制止されてしまう。 「少し落ち着け」 「なにィ!?」 「騒ぎ立てたところで現状は何も変わらない。そうだろう?」 呆れたような口調の未来の自分の口調にムカッときたものの、確かに言われた通りだった。 「わめく暇があったら、どうすれば元に戻れるのか考えろ」 「…………っ」 冷静な判断と、人を自然に納得させる言葉。 これが本当に未来の自分なのだろうかと、高耶はふと思う。 「仰木高耶」ではなくて、まるで「上杉景虎」ではないか。 そう思い、えもいわれぬ不快感に捕らわれてきつく眉を顰めたその時−− ふと、未来の自分の傍らに佇む直江と目があった。いつも彼の傍にいる直江よりも精悍で、年も上なせいか渋味が増している。鳶色の瞳に宿る光は知っている優しさを湛えていたが、どこか不安にさせるような、揺らめく不安定さがない。 「景虎」と彼の間の揺るぎない絆を見せつけられたような気がして、高耶はとっさに目を逸らした。その不自然な動きに、スーツの直江が声をかける。 「高耶さん?」 「……なんでもねぇよ」 「少し顔色が悪いですよ。大丈夫ですか?」 いつものように、自分を気遣ってくれる優しい言葉。−−だが、今は聞きたくなかった。 直江が気遣い、優しくしているのはあくまでも「景虎」なのだと思い知らされるような気がしたからだ。 「なんでもねぇって!」 乱暴な仕草で直江の腕を振り払い、バタバタと部屋を飛び出してゆく。直江はとっさに追いかけようとしたが、いつにない高耶の強い拒絶を感じて動くことができなかった。 「厳しいのう……」 気の毒そうに、年若い方の高耶が消えたドアを眺めながら嘉田が呟くと、高耶は憮然として言った。 「本当の事だ。ああしてわめいたって、何もはじまらない。頭が冷えればあいつにだってわかってくるだろう」 (……他でもない。あれは昔のオレ自身なんだ……) どんなことを考えていたのか、嫌でもわかるというものだ。 疲れたように深々とため息をついて、高耶は書類を手に部屋を出ていきかけた。しかし、ふと立ち止まって嘉田の方を振り返る。 「嶺次郎。今からしばらくの間、屋上は出入り禁止にしてくれ」 「わかった」 ドアの向こうに高耶の姿が消えると、皆の視線は自然と二人の直江に集まった。 「……とにかく、おんしらの言うことが本当なら、元に戻れる方法が見つかるまではこの砦から出ない方がよかろう。年は違っても顔はほとんど同じじゃからな。間違えられて伊達にでも攻撃されたらやっかいじゃからな」 「それは、我々を軟禁するということですか?」 「ありていに言えばそうじゃな。おんしらのことを守るという意味もあるが、儂らには仰木や橘と違って確信ちゅうもんがない。−−おんしらがまっこと儂らの敵ではないっちゅう確信がな」 (無理もないか……) 投獄されないだけでも、まだマシというものだろう。 「わかりました。−−では、あの人を連れ戻してきます」 そう言って部屋を出て行きかける直江の肩を、嶺次郎が掴んだ。 「さっき言うたばかりじゃろうが。フラフラ出歩くなと。−−それに、あいつのことなら大丈夫じゃ。そのうち仰木が連れてくるじゃろう」 「え……?」 「とにかく、おんしはここでおとなしくしちょれ。−−兵頭。話は終わりじゃ仕事に戻れ。卯太郎。おんしは食堂からなんぞ食い物を持ってきてやってくれ」 「はいっ」 元気よく飛び出していった卯太郎とは正反対に、兵頭は難しい顔をして何か言いたげだったが、結局口を開かぬままに憮然とした面持ちで部屋を出ていった。面白そうに今までの経緯を眺めていた潮は自分は何を言いつけられるのかと嶺次郎を見つめていたが、 「……武藤。おんし、今日は新入りの訓練を見てやれと言いつけちょったに……」 「へ……?」 一瞬何のことだがわからずに呆けたが、次の瞬間に思い出して真っ青になる。 「またフラフラと山ん中を歩き回ってサボリよって!」 「は……ははは……」 (やべ〜! すっかり忘れてたよ!) 冷や汗をかきながら、じりじりとドアの方へ後ずさる潮。 「ゴメン! 明日はちゃんとやっからよ!」 「あッ! こら、またんか!」 脱兎の如く飛び出してゆく潮を呼び止めるが、聞き入れて足を止めるはずもない。ばたばたと忙しなく遠ざかる足音に、嶺次郎は呆れてため息をついた。 「まったく……。困った奴じゃ。−−そうじゃ、橘。おんしも自分の役目に戻れ。あとは仰木にまかせろ」 「……わかっている」 嶺次郎が出ていくと、室内には二人の直江だけが残された。 少し年を取った、黒いミリタリー服姿の自分を、直江は直視できずにいた。 どうして、こんな所にいるのか。 夜叉衆はどうしたのか。 −−そして、高耶のあの赤い目は何なのか。 尋ねたいことは山のようにあったが、口に出せない。 未来を知る、ということはこの上なく甘美な誘惑だったが、それ故にすべてが変わってしまうかも知れないという恐怖があったからだ。 「……驚きましたね。こんなふうにして昔の自分と会うことになるなんて、思いもしませんでしたよ」 直江は感慨深そうに言いながら、懐かしいスーツ姿の自分を見つめる。 まるで、狂ったように景虎を求め、煩悶していた頃。 あの頃は、自分の言動に振り回されていた高耶の胸中さえも知らなかった。 今ならば、それがよくわかる。 あの頃の高耶は、己の中にある景虎の存在を否定していた。彼にとって、目にした未来の自分の姿は景虎そのものに思われ、だからこそ混乱して取り乱してしまったのだ。 「……信じるんですか? 私たちの話を」 「勿論。他の者にはわからなくても、私たちにはわかる。気配も何もかも、自分たちそのものだとね。タイムスリップという現象には少々驚かされましたが、元々死者である私たちがこうして新たな肉体を得てこの世にいるんです。時を超えることができたとしても不思議ではないのかも知れません」 <力>のぶつかりあった衝撃による事故という偶然ではなくて、確かな方法があるのなら……と考えずにはいられない。 過去の己の過ちを正し、高耶を救うことができたなら、どんなにいいだろう。そうしたら、こんな過酷な今ではなく、もっと違う今があったのではないだろうか。 (−−そう) 今、目の前にいる、この無知な自分に未来の情報を与えてやったらどうなるのだろう? ざわり、と心の奥が波立つのを、直江は感じた。 そう。遠くない未来に起こりうる危機を教えたのなら、すべてを避けうることができたとしたら−−? この現状が、変わるかも知れない……。 −−抗い難い誘惑が、心の中に生まれた。 17723HITの佐姫れんサマのリク作品、第三話をお届け致します。 W直高の書き分けがムズカシイ〜;; わかりづらい上に読みにくいかも知れません〜。スミマセン! これも未熟の為せるワザか!? 精進せねば〜。 |