時の狭間で…


Written by とらこ


第四話


 未来の自分に窘められ、耐えかねて部屋を飛び出したまではよかったが、今度は騒ぎを聞きつけた隊士達がどやどやと高耶の周囲に集まってきた。
「隊長?」
「青い顔しよって……どうしなすったんじゃ?」
「……ッ! オレは隊長じゃねえ!」
 苛立ちまぎれに叫び散らして、少しでも人目のないところを目指して階段を駆け上がる。行き着いた先のドアを開くと、そこは建物の屋上だった。肌寒い風が吹き抜けるそこに人影はなく、高耶はホッと息をついて後ろ手にドアを閉めた。
「なんなんだよ……ッ」
 あんなのは自分じゃない、と否定したかったが、気配も魂も、顔形も何もかもが自分そのものだった。
(……景虎の記憶、戻ってるんだよな……)
 でなければ、あんなに冷静で高圧的な物言いが自分に出来るはずがない。
(そうだよな。直江だって……傍にいるし……)
 あいつは嬉しいだろう。あれほど欲していた景虎が戻ってきたのだから。−−けれど、それでは『仰木高耶』としての自分はどこへ行ってしまったのだろう?
 景虎の記憶に押しつぶされて、消えてしまったのだろうか?
 ふいに、ぞくりと背筋が寒くなる。
(そんなの、冗談じゃねえ!)
 だいたい、どうして四国なんかにいるのだろう?
 景虎になってしまったから、美弥達を捨ててしまったのだろうか?
 不安が膨らみ、思考が暗い方向へと落ちていってしまうのを止めることができない。
(こんなろくでもない未来なんて……。いっそこのまま帰れなくて行方不明になっちまった方がマシかも知れねえ……)
 そんなとんでもないことを思った時だった。不意に軋んだ音がして、背後のドアが開いたのは。
「……ッ!」
 息を飲んで振り返ると、そこには迷彩服の高耶がいた。
「やっぱりここか」
 呆れたようにため息をついて近寄ってくる未来の自分に対して、ピリピリと警戒しながら、負けまいとするかのようにきつい目つきで睨みつける。
「……オレも、ひとりになりたい時はよくここに来るんだ」
「…………」
 胸の辺りまで高さのあるフェンスに肘をついて寄りかかりながら、遠くを見渡す。
(……あ……)
 その姿は、つならない授業をサボって、屋上へ逃げた時の自分と同じだった。
「頭は冷えたか?」
「…………」
 無言の返答を否定として受け取った未来の高耶は、少しだけ肩を竦めてため息をついた。
「やっぱりな……」
 冷えるどころか、どんどん思考の泥沼にはまりこんで、とんでもない方向へ迷い込んでいるに違いない。未来の高耶には、それが手に取るようにわかった。
「……これから、今オレが存在する未来に辿り着くはずのお前には、オレは何も言ってやれない。−−ただひとつだけ言えるのは、オレはオレだってことだ」
「……?」
「“景虎”も“高耶”も、両方あってこそのオレなんだ。−−わかるか?」
「……んなのわかんねーよ」
 ふてくされたようにそう言いはしたが、高耶の心はどこかで安堵を覚えていた。
(……消えちまったわけじゃねーんだ……)
 自分は、景虎を受け入れることができたのだろうか?
 それはいつ、どうやってなのか。高耶は知りたかった。しかし、顔を見れば未来の自分は答えてくれそうにもない。
「閉じこめられるのは嫌だろうが、それはお前達を守るためでもあるんだ。オレに間違われて伊達に攻撃されたくはないだろう?」
「伊達? なんで連中がこんなとこに?」
 もっともな質問だったが、未来の高耶はやはり首を横に振る。
「−−色々あってな。とにかく、オレと直江がダブルでいたら隊士達も混乱するしな。元に戻れる方法が見つかるまではおとなしくしていろ」
「……ちぇ。わかったよ」
 ようやく納得した面持ちの昔の自分に柔らかく微笑んで、高耶はくるりときびすを返した。
「ついでだ。夜になって人気がなくなるまでここにいろ。後で迎えに来る」
 今二人で戻ったりしたら、それこそ大騒ぎになってしまうだろうことは目に見えている。納得した高耶は小さく頷いた。そして、ふと思いついて出て行きかけた未来の自分に問いかけた。
「−−なあ、あんたは今まで後悔してきたこととかねえの?」
「何故、そんなことを聞く?」
「こういうことがあったらさ、過去の自分に入れ知恵して上手く立ち回らせようとか思わねーの? そうしたら、もっと違う未来があったかもよ?」
「……そうだな」
 未来の高耶は苦笑しながらこちらを振り返る。
 未来は決してひとつではない。そのときの選択次第で、その姿を変える。
 誘惑がない、といえば嘘になる。
 しかし、高耶は強いて過去の自分によけいな情報を与えないようにした。
「……変わる未来が今よりもマシだと思うのは、つまらない思いこみだ。それに、オレは自分の歩いてきた道を否定するようなことをしたくないんだ」
 後悔も何もかも、自分で歩いていた大切な足跡なのだから。それを否定してしまったら、今の自分の存在さえも否定してしまうような気がする。
「潔いんだな」
「……そりゃあ。オレはお前だからな」
 その言葉に、過去の高耶はぷっと吹き出した。
 自分だって、与えられた情報で危険を避けて安穏とした人生なんて送りたくない。先がわからないからこその不安もあるけれど、だからこそ人生は面白いのだと高耶は思っている。
「そりゃそうだ」
 二人の高耶は顔を見合わせて笑いあう。
(……やっぱ、オレなんだ……)
 未来の自分の中に“仰木高耶”を見つけて、深くなる安堵に胸を撫で下ろす。
「いいな、ここでじっとしていろよ」
 噛んで含めるように言い置いて、高耶は屋上を後にした。向かったのは、過去の直江がいる会議室だ。
 嶺次郎達はともかく、直江のことが気にかかった。
 直江も考えていることだろう。過去の自分に未来の情報を与えたらどうなるのか。
 特に後悔の強い直江は、誘惑に負けてしまうかも知れない。それが心配だった。
「直江」
 呼びながら部屋に入る。
「はい?」
 返事を返したのは、黒いスーツ姿の過去の直江だった。
「お前じゃない。もうひとりは?」
「さっき出ていきましたよ。外へ行くと言っていました」
 淀みない返答。高耶はずいっと詰め寄ってその目を覗き込んだ。
「あいつ、何か余計なことを言わなかったか?」
「よけいなこと……?」
「……色々だ。オレ達にとっての過去。お前達にとっての未来のこととか……」
 その問いかけに直江は静かに首を振った。
「いいえ。何か言いたげな様子でしたが、突然何も言わずに出ていってしまったんです」
 これから起こりうる未来の情報。
 欲しくないといえば嘘になるけれど、直江はもうひとりの自分が何も話さずに行ってしまったことに少しだけ安堵していた。
 やはり、自分たちで模索しながら辿るのがいい。たとえ間違うことがあったとしても、それでも……。
「……そうか」
 直江の答えに高耶は安堵して再び部屋を出ていきかけた。しかし、ぴたりと立ち止まって、
「上のにも言ったが、しばらくはこの部屋にいてもらう。不用意に外に出るな」
 そう言い置くなり、さっさとドアを閉めて、高耶は外の森へと向かった……。


*  *


 黒いミリタリー姿の直江は予想通り森の奥にいた。
 どこか冴えない表情で高耶を見ると力無く微笑んだ。
「……言わなかったんだな」
 その一言で直江は自分の浅はかな考えを見通されていたことを悟った。
「……貴方にはかないませんね」
 近づいてくる高耶をそっと抱きしめる腕が、いつになく頼りなく感じられるのは気のせいだろうか。
「……なんで?」
「……最初は、言うつもりでした。彼らに未来の情報を与えて、貴方を助けたかった……」
 過去の自分の思い出し、後悔しなかったことは一度としてない。
 自分の辿ってきた道を、過ちを正せるのなら……。
 強い誘惑に駆られた。
 しかし、直江は結局何も言えなかった。
 過去が変わって未来も変わってしまったとしたら、どうなるのだろう?
 今、腕の中にいる彼が、いなくなってしまうかも知れない。
 そう思ったとたんに、底知れない恐怖感に捕らわれた。
 あの道を辿ってきたからこそ、今の自分たちが存在するのだ。
 それを思い出した。
「……私たちが辿ってきた苦しい道があるからこそ、今がある。簡単に通り過ぎてしまったら、こうして貴方と分かり合うことも出来なかったかも知れない。……そうしたら、貴方がこの腕からいなくなってしまうかも知れない。……それが、恐かった」
「……馬鹿だな」
「……ええ……」
 直江の肩にこつん、と額を押しつけて高耶は言った。
「……直江。何も言わずにいよう。……きっと、それが一番いいんだ」
「……はい」
 返事をしてから、でも、と直江が言い募る。
「早く帰ってもらわないと、いつまた私が誘惑にかられてしまうかわかりませんね」
「……まったくだ」
 顔を見合わせると、互いにゆっくりと笑顔がこぼれる。
 その瞳には、もう迷いはなかった……。 






 17723HITの佐姫れんサマのリク作品、第四話をお届け致します。
 誘惑にふらふらする直江でしたv
 でも、気持ちわかる〜。私もやりなおせるならやりなおしたい!
 ……色んな意味で。



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