時の狭間で…


Written by とらこ


最終話


 濃い霧の漂う静かな山中に、赤鯨衆の隊士達が息を潜めて身を隠している。
 伊達の領地のすぐ近く。霊波塔が木々の間に見え隠れしている。今日の作戦はこの霊波塔を奪い、伊達の防衛線を後退させることにある。
 しかし、その中に紛れ込んでいる高耶と直江の目的は違う。
 霊同士の戦いで地場が乱れたところで、過去へ戻るための空間の裂け目を作るためだ。
「濃い霊霧ですね……」
 視界はほとんどないに等しい。ともすれば、前を歩く高耶の姿さえも見失ってしまいそうになる。
「そうだな。でも、紛れるにはちょーどいい」
 そろそろ、伊達の防衛線にさしかかるころだ。
 二人は赤鯨衆の先陣から離れて行動していた。二人が戦うということは、すなわち調伏力を行使すること。その姿を隊士達に見られるわけにはいかないからだ。
「高耶さん。ここで戦いが始まるのを待ちましょう」
「そうだな。−−でも、ホントに帰れるのかな……?」
 木の根元に腰掛けて一息つきながら、高耶が呟いた。
 確証など何もない。
「戦いまくって結局帰れなかったなんて、シャレになんねーぜ」
「……しかし、やってみなければ何も始まらない……」
「……それはわかってる」
 疑問に気を取られていたら、何もできはしない。
 高耶は軽く頭を振り、思考を切り替えて濃い霊霧の中に視線を走らせる。
「……! 直江」
 霧の向こうで、激しい鬨の声が上がった。
「どうやら、始まったようですね……」
 激しく霊気がぶつかりあい、霊波塔の作り出す結界が震える。
 二人も再び動くべく、立ち上がった。
「気配が近づいてくる。気をつけろ、直江」
「御意」
 結界の中から飛び出した複数の気配。高耶や直江にも僅かしかその存在を感じさせない動きの早さは、おそらく忍び。伊達の黒脛巾組だろう。伊達の戦略はおそらく、真正面からの攻撃で隊士達を引きつけておいて、別働隊の黒脛巾組で赤鯨衆の陣中深くを急襲するつもりなのだろう。それを読んでこの位置に高耶と直江を配置した未来の高耶の洞察力には驚かされる。
 複数の黒脛巾組の相手は多少キツイが、それなりに力の拮抗している相手でなければ、強い<力>のぶつかりあいによる空間のゆがみは生まれないだろう。
「来るぞ!」
 叫ぶなり飛び退いた高耶の足下に、黒光りするくないが突き刺さる。
「高耶さん!」
「大丈夫だ!」
 続けて飛んでくる手裏剣を交わしながら、高耶の手の中に光が凝る。光は太刀の形になり、毘沙門刀になる。高耶はその刃で手裏剣をはじき返しながら、木の幹を蹴って飛び上がり、黒い影を斬った。
「が……ッ!」
 低く呻いて落ちてきた男は、やはり黒い装束に身を包んだ黒脛巾組だ。毘沙門刀で斬られれば、それだけで憑依していた霊体は調伏されてしまう。意識を失った宿体には構わず、高耶は次の敵に斬りかかった。
「この先には行かせねーぞ!」
 次々と躍りかかってくる影を高耶は毘沙門刀で斬りまくり、直江は裂炸調伏で吹き飛ばしてゆく。
「くそ……っ。全然歯応えねー連中ばっかだ! これじゃあ、埒があかねぇぜ!」
 拮抗した力で空間の歪みを作るどころの話ではない。
「だからといって、気を抜かないでください!」
 高耶の背後に迫ったひとりを調伏して、その背中を庇うように立つ。
 あらかた敵を一掃して、だが油断なく周囲を見回したその時−−
「見つけたぞ! 上杉景虎!」
 大きな怒声とともに木立の中からひとりの男が姿を現した。伊達の成実が太刀を手にして、まるで仁王のように二人の前に立ちふさがった。
「ここで会ったが百年目! この成実の刀の錆となれ!」
「チィッ!」
(よりにもよって厄介な奴が……っ)
 伊達の成実といえば、音に聞こえた猛将だ。以前のように味方であれば心強いことこの上なかったが、ひとたび敵になってしまえば、手強い強敵だ。
「おおおおォ!」
 振り下ろされる太刀を毘沙門刀で受け止め、渾身の力で押し返す。その反動を使って一度飛び退いた成実は再び猛然と斬りかかってくる。
「是が非でも貴様の首を殿の足下に晒さねば、この儂の気が済まぬわ!」
「……っ! ワケわかんねーこと、言ってんじゃねぇ!」
「言うにことかいて……! ワケがわからぬだと!? 貴様らのしたことを知らぬと言い張るか!? 我らを仙台より追い、愛姫を奪い、それでも知らぬと言い張るか!?」
「…………っ!」
 これは未来の高耶と直江も関知していない、色部を総大将とした上杉のしたことなのだが、ここで自分は関わりのないことだと言い張っても、成実は納得しないだろう。それどころか、ますます熱くなって襲いかかってくることは目に見えていた。
「上杉景虎! 貴様の首でその罪を贖え!」
 成実が大きく太刀を振りかぶる。
(くそ……っ!)
 ギイン、と刃同士がぶつかりあう激しい音が響く。高耶の毘沙門刀が、再び成実の重い斬撃を受け止めたのだ。
「くぅっ」
 しかし、ギリギリと渾身の力を込めて押してくる成実の力に、刃が少しずつ高耶に迫ってくる。身を引けば、このまま斬られる。そう判断した高耶は片足で成実の腹部を力任せに蹴りつけた。
「ぐう……ッ!」
 たまらず吹き飛んだ成実からパッと離れ、高耶は流れ落ちる汗を手の甲で乱暴に拭った。
「ちっきしょ……ッ。直江!」
「御意!」
 高耶の意を察して、印を結んで外縛の体勢に入る。
「させるかぁ!」
 成実は<力>を解放し、その波動の勢いに弾き飛ばされるように、高耶は背後の木の幹にしたたかに叩きつけられた。
「高耶さん……ッ!」
 外縛に入ろうとしていた直江は慌てて護身壁で高耶の身を包み込んだ。
「大丈夫ですか!?」
「……っのやろー! 上等だぁ! 力くらべなら負けねーからな!」
 直江の手を借りて身を起こし、高耶も<力>を解放する。二つの大きな<力>はオーラとなって立ちのぼり、間でぶつかりあって火花を散らした。
「おおおおォォ!」
 力の摩擦によって気流が乱れ、まるで嵐が来たかのように周囲の木々がなぎ倒されてゆく。直江も全力で護身壁を張らなければ、あっという間に足もとをすくわれて吹き飛ばされてしまいそうだった。
「くぅ……ッ」
(−−高耶さん……!)
 なんとか目を開いて高耶の方を見た時だった。
 ぶつかりあう<力>の中心で、変化が生じたのは。
 突然火花が大きく飛び散り、波のように空間が揺らめいたではないか。それは次第に大きくなり、黒い口をぽかりと開いた。
「な、なんじゃ、あれは……!?」
 見たことも聞いたこともない現象に、成実は目を大きく見開いた。そして、本能的な恐れを感じて身を引く。
 一方、高耶と直江は一瞬驚きはしたものの、あれが自分たちの目指すものだと思い、互いに顔を見合わせた。
「あれ、だな……」
「ええ……。でも、これで本当に……?」
「わかんねぇ。でも、今しかない。−−行くぞ!」
「御意」
 空間の歪みに向かって走り出した高耶に続く。
「貴様ら……!?」
 一体何をしようというのか、わけのわからない成実が叫んだ瞬間、二人の躰は黒い空間の歪みに吸い込まれた。
「な……ッ!?」
 二人の姿が見えなくなった瞬間、空間はバチバチと火花を散らしながら急速に縮小し、消えてしまった。
「い、今の術は一体……? 上杉の幻術か……? 儂はたぶらかされておったのか……?」
 訳が分からないうちに敵も消え失せ、成実は呆然と立ち竦むしかなかった……。


「あ……」
 赤鯨衆の本陣。戦況を見つめていた高耶がふいに小さく声をあげた。直江はそれに気づいて、そっと顔を覗き込む。
「貴方も感じましたか?」
「ああ……。あいつらの……昔のオレ達の気配がなくなった」
 いたらいたで、ややこしくて面倒だったが、いなくなってしまうとなんだか少し寂しい気がしてくる。
「無事に帰れるといいですね」
「そうだな……」


 そして、二度とは戻れない時をしっかりと歩いて欲しい。
 今、二人がいる未来へと向かって……。


*  *


「う……」
 高耶が気がつくと、周囲は薄い日の光に包まれていた。夜の闇が明けて、森の木々を照らし出している。
「……っれぇ? オレ、なんでこんなとこに寝てるんだ……?」
 昨日は直江と一緒にここへ怨霊を調伏にきて、戦っていたところまでは記憶にあったが、その先が思い出せない。
「直江!? 直江は!?」
 慌てて辺りを見回すと、すぐ近くに大きな男が転がっているのが見えた。
「いた……! 直江! 起きろ!」
 近寄ってピタピタと頬を叩くと、男はすぐに目を覚ました。
「た、かやさん……?」
「おう。怪我はねーみてーだな」
「……ここは、昨日の森ですよね……? どうしてこんなところに……?」
 どうやら直江も何もわからないらしい。夜叉衆が二人揃っていながら、雑魚の怨霊にしてやられてこんなところで気絶していたなんて、千秋達にはとても話せることではない。
「オレにもわかんねー。昨日怨霊とやりあった時になんかあったんだろーな」
「でも、二人ともなんともないところを見ると、調伏は無事に済んだらしいですね」
「らしいな。……ったく、みっともねぇ」
 がりがりと頭をかく高耶を見て、直江はくすりと小さく笑った。
「長秀たちには……ナイショにしておきましょうね」
「……ったりめーだ! 言いやがったらただじゃおかねーからな!」
 よいしょ、と立ち上がって服のほこりを払い落とす。日の光が眩しくて、手をかざしながら高耶は目を細めた。
「……なんか、長い夢でも見てたみたいだ……」
 無意識の夢の中でも、直江と一緒に戦っていたような気がする。
 それは直江も同様の気分だった。
「私も……なにかとても長い夢を見ていた気がします。その中にとても大切なものがあったような気がするんですが……それが何なのか思い出せない……」
「ははは。同じ夢でも見てたみたいだな。そんなことありえねーのにな」
 歩き出した二人の脳裏からは、その不思議な感覚さえも次第に薄れてゆく。


 二人は、再び歩きはじめる。
 来たるべき未来へ向かって……。



END



 17723HITの佐姫れんサマのリク作品、最終話をお届け致します。
 お約束といいますか、やっぱり見てきたはずの未来を忘れてしまいました。つか、それじゃないと直江が力業で未来を変えちゃうからな〜;;
 なかなか難産なお話でしたが、私も新しい試みができたので楽しかったですv



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