若殿ぱにっく
Written by とらこ [前編]
「お〜い。仰木ィ」 ある日の大学の構内。本日の講義をすべて終えて、帰ろうとしていた高耶は、呼び止める声に気づいてふと振り返った。声のした方を見ると、親しい友人のひとりである矢崎が手を振りながらこちらに駆けてくるのが見えた。 「ちょうどいいとこで見つけたぜ。−−仰木。お前、オレの代わりにバイトしないか?」 「バイト?」 ぴく、と高耶の耳がそばだつ。 大学へ通うために松本から上京して一年と少し。最初、高耶はアルバイトをせっせとやって、少しでも生活の足しにしたいと思っていたのだが、 『アルバイトなんて、貴方が働く必要なんてありません』 強硬にそう言い募って譲らない、家主で同居人で恋人である男に邪魔されて、バイトをすることができずにいたのだ。とにかく高耶が必要以上に(特に夜間に)外出することを嫌い、自分の傍らに居て欲しいとひたすら願う直江のことを考えると、即答もできない。 「今日一日でいいんだよ。こんないいこと尽くめのバイトなんて、滅多にないぜ〜。それを譲ってやるなんて、オレっていい奴だよな〜」 「なにいってんだか。んで、どんなバイトなんだよ?」 訪ねると、矢崎はにやりと笑って言った。 「聞いて驚け。テレビドラマのエキストラだ」 「え? マジ?」 高耶が乗り気になり始めたのを見て取り、矢崎は更に言葉を続けた。 「おおよ。お約束な時代劇なんだけどさ。バイト代もそこそこいいし、なによりゲーノージンを生で拝めるんだぜ〜。どうだ? やんね〜か?」 「でも、そんなバイトなんで譲る気になったんだよ?」 不思議に思って聞き返すと、矢崎はとたんにバツが悪そうな表情になる。 「……それがさ、もう一本のエキストラのバイトと重なっちまってさ〜」 矢崎が選んだ方の仕事は、流行の巨乳アイドルが出ているドラマだったが、高耶はさして気にも止めず考え込む。 「……う〜ん。エキストラかぁ」 正直なところ、やってみたいと思う気持ちが勝り、高耶は深く頷いた。 「しょうーがねーから、いいよ。やってやるよ」 「ほんとか!? 恩に着るぜ。仰木〜」 (……直江は時代劇なんて見ないしな) だいたい、台詞もなにもないエキストラなんて、本当にテレビに映るかもわからないし、たとえ映ったとしてもほんの一瞬。見られたってわかりはしない。 そう思いながら、高耶は指定されたテレビ局へと向かった……。 * *
……そう。ほんの一瞬の、通りすがりの、台詞なんてないただのエキストラ……。 そのはずだったのに……。 (……なんで? なんでこんなことになったんだ……?) 呆然と自問を繰り返す高耶の格好は、通りすがりの端役には程遠い立派な裃(かみしも)を身につけた旗本の若君そのもの。 高耶は、ドラマの脇役に抜擢されてしまったのだ。 どうしてこんなことになってしまったのかというと、町人Aの格好をしてスタジオに入ってから一時間も経った頃、まだ撮影は始まらないのかとフラフラしていた高耶の耳にスタッフの悲鳴が飛び込んできたことから始まる……。 「何ィ!? 若様役の新人が過労で倒れただとォ!?」 矢崎から聞いた話によると、今回のドラマには芸能関係に疎い高耶でも名前を知っている若手の俳優がゲスト出演するはずだった。どうやら、その俳優が過労で倒れて入院してしまったらしい。 「どうするんだ!? これ以上撮影期間延ばせねーんだぞ!」 「どうするって言われても……」 プロデューサーに八つ当たられて、ADらしき若い男が口ごもる。 そんな時だった。 一番偉そうな髭をたくわえた人がふと顔を上げた瞬間、高耶と目があったのは。 高耶は慌てて軽く会釈をして目線を外したが、向こうは驚いたように目を見開いている。 「……監督?」 「おい、あれは誰だ?」 (監督って、一番偉い人だったのかよ。やべ〜) 高耶の内心の焦りをよそに、ADは不思議そうな顔をしながらも監督の問いに答えた。 「ああ、エキストラのひとりですよ。……あいつがどうかしたんですか?」 「−−彼を、使う」 監督の短い一言に、周囲の全員が絶句し、それから我に返って慌てて抗議の声を上げる。 「無理ですよ! 素人なんですよ!」 「あの役は台詞も少ないし、いける。代役を手配してる時間もないし、彼でいく」 「無理ですって!」 「あ〜もう! グダグダうるさい! もう決めたんだ! だいたい、あの若造を使うのも、素人を使うのも似たようなもんだろうが! いいから、さっさとあいつを引っ張ってきて着替えさせろ!」 「は、はい……っ」 監督の怒声にうろたえながら、ADのひとりがバタバタと高耶の方へと駆け寄る。 「君!」 「? ……オレですか?」 「そう。君には別の役をやってもらうから、こっちに来て。−−早く!」 「は、はい」 着替えのために控え室に連れて行かれる途中、ぽん、と台本を手渡される。 「へ?」 「その中の池田備前守の嫡男の役をやってもらうことになったから。台詞と段取り、ぱっぱと覚えて」 「え? えぇ−−ッ!?」 驚いたことも確かだが、テレビに映る確率がぐんとアップしたことに高耶は焦った。 (……その役って、結構出番あるんじゃね〜の……?) ゲストに割り当てられていた役だっただけあって、台詞こそさほど多くはないが、出番は結構多い。撮影だって、今日一日で終わるどころか、京都の撮影所にまで連れて行かれてしまう。 ぱらりと台本をめくってみた高耶は一気に青ざめてしまった。 「オ、オレこんなのできませんよ!」 「それでもがんばってもらわにゃ。何が気に入ったのかは知らないケド、監督直々の御指名だからね」 「そ、そんな……!」 「とにかく時間がないんだ! 泣き言を言ってる暇があったら台本を開け!」 あっという間に町人の着物を引き剥がされ、若様用の煌びやかな着物を着せられ、カツラも取り替えられてしまう。 (くそ〜〜〜。なんでこんなことに……) 理不尽な仕打ちに内心で恨みを叫びながらも、元々度胸だけは人一倍の高耶は開き直って台本を熱心に読み始めた。 (くそ〜〜〜。もうどうにでもなれってんだ!) * *
翌日は外での撮影ということで、高耶は予想通り京都に連れて行かれた。直江にどう言い訳をしようかと思って悩んでいたのだが、ちょうどよく直江も北海道に一週間の出張が入ったとかで、その朝は高耶よりも早くにマンションを出ていった。 京都で二日。東京に戻って追加の撮影を一日終えて、ようやくすべての仕事が終了した。 高耶は当然のことながらエキストラなんかをやるよりも破格の出演料の明細をもらって早々にテレビ局から引き上げてきた。 無我夢中で必死に演技をしていた高耶自身は絶対にそう思わなかったが、監督に言わせると、「君には光るものがある……!」とか何とか……。「お茶の間のアイドルにならないか!?」としつこい勧誘を必死に断って逃げるようにスタジオを飛び出してきたのだ。 「……バイト代が多かったのは嬉しかったけど、もう役者なんてコリゴリだぜ。やっぱ普通がイチバンだよな」 だいたい、あんな人目に晒される仕事を直江が許すはずもない。 「もう帰ろ。直江が帰ってきたら、このバイト代で旨いモンでも作ってやるか!」 この後に訪れる騒ぎも知らず、高耶は浮かれた気持ちでマンションへ帰る道を辿った……。 66666HITのふくさんのリク作品をお届け致します。直江に内緒でテレビに出ちゃう高耶さん……。あう〜。そんなことしたら、後で直江がおっかないんだよう、高耶さん〜。 ということで、怖い直江は後編で。(でも、キチクじゃないよ。ここは表だし……) |