若殿ぱにっく
Written by とらこ [後編]
あのバイトからひと月が過ぎた。 編集されたドラマが放映される日までは何事もなく、無論直江にばれることもなく平和な日々が続いた。 そして、放映当日。 テレビに映った自分の姿を見るのが無性に恥ずかしくて、高耶は番組をビデオに録画しておくに止めた。そのテープはテレビの前に放り出したまま、夕食の支度や雑事に気を取られた高耶はそれをすっかり忘れ果ててしまった……。 その夜。仕事で遅くなった直江が帰ってきたのが夜中の十一時直前だった。食事は済ませていたので、すぐにお風呂に入り、リビングでビールを飲んでいるとき、放り出されたままになったビデオテープに気がついた。きれい好きの高耶にしては珍しいことだったので、思わずそのテープを手にとって眺める。ラベルも何もついていないが、途中まで使っている形跡がある。 「高耶さん。ここにあるビデオテープ、どうしたんですか?」 「ああ? それはオ……っ」 思わずぺらぺらと喋りかけて、慌てて口を噤む。 「ご、ごめん。友達に借りたんだ。それ。片づけるの忘れてた。ケースに入れてしまっといてくれ」 「わかりました」 と素直に返事をしたのはあくまで表面的なもの。高耶のぎこちない態度から、何かあると直感した直江は素知らぬフリをしてそのテープをデッキに入れた。 高耶も若い男なのだ。友人から借りたということは、裏ビデオか何かだろうと思っていた直江は唐突に始まった定番の時代劇のオープニングに正直面食らった。 (……高耶さんにこんな趣味あったのか……?) とぼけたことを思いながら、流されるままにそのまま見続けていた直江の表情が、ある人物の登場でさっと変わった。 高耶が演じた、例の若殿が登場したのだ。 カツラを被り、化粧をしていても到底誤魔化しようのない顔は、紛れもない高耶本人だ。 直江は怒りにまかせてテーブルの上に叩きつけるようにビールの缶を置くと、キッチンでつまみの用意をしていた高耶のところへ大股で歩いていく。 「高耶さん!」 「なに? ……痛! 痛いって、直江! 一体どうしたんだよっ!?」 いきなり腕を掴んで無理矢理振り向かせると、高耶は痛がって抵抗した。それが更に男の怒りを煽るとも知らずに。 「どうしたじゃありません! あれは何なんですか!?」 「あれって……?」 何がなんだかわからない高耶に、直江は意地の悪い笑みを浮かべてみせる。 「……見くびられたものですね。カツラと化粧なんかで私の目を誤魔化せるとでも思ったんですか?」 「カツラ……? あッ!」 ようやく何を言っているのか思い至った高耶は、真っ青に青ざめて直江を見上げる。それでも冷めることのない男の怒りが視線や空気から痛いほど伝わってきて、高耶は怯えた。 だが、その反面で何故アルバイトごときでこんなに怒られなければならないのかという、理不尽な仕打ちに対する怒りがふつふつとわき上がってくる。 直江の世話になってばかりじゃ心苦しいから、少しでも返したいと思う気持ちを無視して自分の都合ばかり押しつけてきて……今だって、こんなに怒られるようなことは何もしていない。 高耶はぐっと唇を噛みしめて、きつい眼差しで直江を見返す。 「べ、別にそんなに怒ることでもないだろ? 矢崎が急用が入ったから、バイト代わりに行ってくれって頼まれてやってきただけで……」 「アルバイト? ただの?」 ただのエキストラならばまだしも、名前の付いた役をもらっていてただのアルバイトもないだろう。直江の冷めた視線はそう言っている。 「そ、そりゃあ、ただのエキストラのはずがあんなことになって……。オレだってびっくりしたけどさ。でも、もうあんなことするつもりはないんだから、いいだろ?」 そう言って腕を振りほどこうとしたが、直江はそれを許さない。 「ええ。当然です。二度とこんなことは許さない。……でもね、高耶さん。もうやらないからで済む問題ではないんですよ。これは」 「……どういうことだ?」 直江はぐい、と高耶の体を引き寄せ、腕の中に閉じこめて手で顎をつかみあげる。 「痛……ッ!」 「ブラウン管を通して貴方を見た者は、みんな美しい貴方に心を奪われてしまう……。それに、貴方のカリスマと魅力に目聡く気づいた連中はタレントにスカウトしようと躍起になるでしょうね」 「……まさか」 そう言って否定した刹那、高耶の携帯電話が着信を告げた。 本人よりも先に反応した直江がリビングに戻り、テーブルの上に放り出してあった携帯電話を取り上げる。画面を見ると、それは登録されていない番号だった。 「もしもし」 怒りが滲んだ、殊更低い声で応対した直江は、相手が名乗り、用件を切り出した瞬間に、 「仰木高耶は俳優やタレントになるつもりは全くありません。今後、こういう電話は二度としないでください」 にべもなく断ってぶつりと切ってしまった。 「ほらね」 直江の様子から、どうやら本当にスカウトの電話だったらしい。 思いがけない事態にごくんと息を飲むと、また着信が告げられる。今度、直江は出ることもせず、携帯電話の電源そのものを切ってしまった。 「……な、おえ……」 この調子では、大学の方にも連中は姿を現すかも知れない。 どうしたらいいのか途方に暮れて、縋るように直江を見上げるが、嫉妬に我を忘れた男には逆効果もいいところだった。 引き攫われるようにあっという間に横抱きに抱え上げられて、寝室に連れ込まれてしまった。そして乱暴にベットの上に放り出され、とっさに逃げようとしたが、抵抗できないように腕を押さえつけて直江がのしかかってくる。 「やだ……っ。直江!」 「誰にも触れさせない……。誰にも、見せたくない……! 貴方は俺だけのものだ……!」 「なおえ……っ! い、や……っ」 「高耶さん。高耶さん……ッ!」 「あ、ああ……っ」 * *
−−こうして、嫉妬に狂った直江に散々貪り尽くされ、高耶はその夜一晩中眠らせてもらえなかった。それどころか、それから三日間もマンションから出してもらえずに、ずっとベットの住人にされてしまったのだった……。 「直江の馬鹿! 講義に出られなかったじゃねーか! どうしてくれんだよ!?」 むくれてソッポを向く高耶に、直江は怒りの引いた優しい笑顔を見せて言った。 「そうですが……。あのまま大学に行っても、スカウトの連中につきまとわれてしまうだけでしたよ、きっと」 「……だけどっ」 「でも、明日からは外出しても大丈夫ですよ。色々と片づいたことですし」 「??? ……片づいたって……何が?」 「例のプロデューサーやら、芸能関係者のことです。きちんと話をつけて、もう二度と貴方には近づかないようにしましたから、もう大丈夫です」 手回しのいい男に感心するが、同時に疑問が首をもたげる。 「……お前、どーやって話つけたんだよ? ずっとここにいたくせに」 「貴方が気を失っている間に、ここに現れたんですよ。……まったく、どうやって調べたんだか。しつこくてなかなか手こずりましたけど、後見人として私が許さないし、貴方にもその意志がないとようやくわかってもらえました」 疲れたようにため息をついてから、高耶をそっと抱き寄せて髪を梳いてやる。 安易にアルバイトを引き受けた時にはこんな大事になるとは思ってもみなかった。内緒にしておくつもりが結局直江に迷惑をかけてしまうことになり、バツが悪くなって高耶は深く俯いた。 「……今回のことは、ほんとにゴメン。もうしないから……」 「……終わってしまったことですし、もういいんです。今後は、気をつけてくださいね」 「……うん」 素直に頷く高耶に額に軽くキスをして、淡く微笑む。 「でも、貴方の若殿姿もなかなかでしたね。サマになっていましたよ」 「ちぇ。もうやめろよ。あんな格好、もうこりごりだぜ」 直江のおかげで一部の人々に熱望された高耶の俳優デビューは幻となり、たった一度きりの若殿役は時代劇関係者の伝説になった……かも? End 66666HITのふくさんのリク作品の後編をお届けいたしました。 やっぱり、直江が切れた……。でも、高耶さんが壊れちゃうから、無理させないで〜〜。 ふくさん、これでOKでしょうか〜? |